オピニオン

《喊声》2019年10月

「いいよな、金森は英語の勉強をしないで」。私が、中学生の頃から何度も言われ続けてきた言葉だ。

私は海外で生まれ、小学生までは海外で過ごした。そのため、幼少期から英語に触れてきた私は、予習復習などをせずとも授業についていくことは容易であった。私がこう言われ続けてきたのも、ある意味当然といえる。

しかし、彼らは、私が日本語学習の面で苦労をしていることを知らない。家庭でのやり取りは全て日本語であるため、日常会話ではさほど苦労はない。そのため多くの人から「日本語も使いこなせる」と思われるのだが、学習面では大変な苦労をしてきた。

小学校での学習は、その後の学習に不可欠な基礎である。私は、日本語学習における重要な段階を踏まないまま進学していたのだ。中学以降、どんな勉強をしても国語のテストでは赤点ばかりを取っていた。高校時代の恩師の丁寧な指導のおかげで、なんとか大学に行けるだけの力を身につけることは出来たが、他の人が他教科の勉強に使っている時間を、国語の学習に注いでいたのは事実である。

こういったことを考えると、帰国子女として育ってきたことは良かったのか、たまに分からなくなる。大学に入って、帰国子女と自己紹介しただけで「頭がいいんだね」とか「英語話せるのかっこいい」とか言われることが多くなった。しかし、帰国子女は帰国子女なりに大変な思いをしていることだってある。

「相手の立場に立って考える」というのは、思った以上に難しい。それでも、「相手のことを知ろう」という素直な意識を持つことが、円滑なコミュニケーションにつながるのだろう。

(金森悠馬)

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