すべての不器用な人達に、この文を捧げたい。凍えるような日が続くこの頃。昼、陽だまりを飛び石のように歩く。それでも、気休めにしかならないほど、寒い。家に帰れば、冷えきった暗い部屋で一人眠る。孤独すら浮き彫りにする寒さに微睡みながら思うのだ。冬は、寒くて寂しくて、生きづらい季節だと。
こんな話をご存知だろうか。寒空の下、二匹のヤマアラシがいた。彼らは互いに身を寄せ合い暖を取ろうとする。しかし、そうすれば互いの針が刺さってしまう。結局、近づくことができない、という寓話である。私も、ヤマアラシと同じだ。他人と距離を近づけて傷つけるのも、傷つけられるのも怖い。どんな小さいことでも気にしてしまう。恐怖が私の手足を凍りつかせ、気づけば心はいつも一人だ。
だのに世間は、誰も傷つけぬようひっそり暮らすことすら許してはくれない。下ばかり向くな、前を向いてやってみろ、と。そう諭す彼らは、私が一人無力に枕を濡らす夜を知らない。今日も昨日も一昨日も、頑張って頑張って尚上手くいかなくて、これ以上どうすればいい。お前ならやれると、期待するのはもうやめてくれ。本当の自分は弱くて頼りないんだと、殻に閉じこもる日も一度や二度ではなかった。
『強くなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない』レイモンド・チャンドラーは作品でそう綴った。そうだ、行き場のない怒りやルサンチマンを持て余していても、誰かにぶつけはしない。このヤマアラシの針で誰かを傷つけた時、それこそが生きる資格を失う瞬間だ。怒りは心に秘め、生きる強さに変えねばならない。今に見ていろ。弱者と嘲笑われても、根性なしと蔑まれても、笑って泣いて生きてやる。冬の時代に生まれ、冬の時代に育っても、いつか陽の射す春へ至れるのなら、それでいい。
(山田裕介)




