建学の精神受け継ぐ日吉寄宿舎

娯楽室は学生の交流の場となっている

 

娯楽室は学生の交流の場となっている

生き続ける学生自治の理念

「義塾」という語は英国のpublic schoolに当たるものだと考えられている。そこでは英国の支配階級を養成する全寮制学校として、勉学のみならず先輩が後輩を指導することを重んじたという。  そんな精神を引き継ぐのは慶大日吉寄宿舎だ。毎年15人ほどの男子入舎生を募集しており、現在40人強の慶大生が一つ屋根の下で共同生活をしている。 「これ以上の人間関係は生まれないでしょうね」と語るのは寄宿舎自治委員長の綱島正侑記さん(理4)。寄宿舎は寮生による自治委員会により全ての指揮がとられる。舎監の教員、管理人を除き、全ての決定権を寮生が持つその姿は、義塾の独立自尊の精神を基盤としている。  寄宿舎の特筆すべき点は徹底された上下関係だ。上級生に会えばいつでも何回でも挨拶をする。1年生は上級生2人と12畳の同室で1年間生活をし、「室僕」という立場で様々な仕事をこなす。  管理人が1人で全寮生分を作る朝食の時間に同室の先輩を起こすことから、1年生の1日は始まる。ごみ捨て、お茶酌みなどの室僕ワークをこなしながらも、日吉キャンパスまで徒歩5分ほどの立地を活かし、授業やサークル活動に励むなど、寮生の時間の過ごし方は多種多様である。  「上級生の方はとても気さく。夜語り合ったり、試験前は同じ学部の先輩と勉強したり、毎日が楽しいです」と語るAさん(法2)。関西から上京したBさん(文2)は「上京前は不安もあったが、すぐ慣れた。同級生、上級生とも交流が盛んで、今はこの生活以外考えられません」と話す。  明るく社交的な塾生の集まりだという寄宿舎。放課後は、大量の本や漫画が置かれる娯楽室でのんびりしたり、夜通し語り明かすなど、寮生の夜の使い道は様々である。  また寮内では、自治委員会が主催する行事、非公式イベントなど、沢山の催しがある。寄宿舎内の食堂で女性を招き、ダンスをしたという昭和の伝統を受け継ぐ「ダンスパーティ」、寮内運動会、キャンプ、旅行など寮生の思い出作りには欠かせない存在だ。  Aさんの一番の思い出は、寮生が仮装して神宮球場まで練り歩く「慶早ハイク」。「ダースベイダーやブルーマンなどで繁華街を歩くと、すごく注目されました」と楽しそうに語る。  「卒寮生1人1人が泣きながら寄宿舎の思い出を語る4年生追い出しコンパは感動的でした。この寮はいいよね、この一言に尽きます」と力強く話す綱島さんが印象的であった。  寄宿舎の歴史は、義塾創立当時、塾生たちが創立者である福澤諭吉と鉄砲州にあった塾舎において、寝食を共にしていたことから始まる。戦況悪化に伴い寄宿舎は一時閉鎖するものの、戦後復活し、寮生活は再開された。  戦後から立て替えのない寄宿舎、上級生への気遣いの伝統など、昔の寮の息吹は今も根強い。慶應義塾の独立自尊、学生自治の精神は、この変わらぬ人生の学び舎において生き続けている。          (西村綾華)

編集後記…

 実際に寄宿舎の方々が生活する部屋を拝見させて頂くと、各部屋のドアに、部屋の

メンバーを紹介する1年生手製模造紙が張られていた。これは毎年恒例で、部屋毎に

出来を争うそう。壁には女性タレントのポスター、ずらりと並んだ洗濯物など男気溢

れる生活感に圧倒された。   

 学年の違う3人が一緒の部屋で生活をすると聞いて、誰もが1年生のやりにくさを

想像しがちだ。しかし実際には学年を超えて夜な夜な語り合い、寄宿舎生の就寝時間

はつい遅くなるそうだ。「毎日本当に楽しいです」と口を揃える彼らは、寮生活とい

う貴重な経験と共に大学生という青い春を満喫している。

(西村綾華)