今回は、慶應義塾大学文学部 哲学専攻の柏端教授にお話を伺った。哲学専攻の具体的な研究内容や学生の雰囲気、卒業生の進路などについてお聞きした。

最初に、哲学専攻が求める塾生像を教えてください。
哲学専攻の求める「哲学専攻の塾生」像ではなく哲学専攻の求める「塾生一般」の像を語ります。哲学専攻としては、やはり塾生全員に多かれ少なかれ哲学的な側面をもってほしいと感じています。哲学という学問に見られる特徴として、議論を前に進めるのではなく議論の前提を問うという姿勢があります。たとえば、なぜそもそも自分はこれを始めたのかといったことをつねに問いなおせる姿勢です。計画を中断することになっても、周囲から浮くことになっても、本末転倒な流れにいつのまにかなっているときに静かに異議を唱えられることは重要です。それができる人に(も)なってほしいです。
学生の主な研究内容について教えてください。
内容は非常にさまざまです。自由だとも言えます。哲学であるかどうかは研究内容やテーマによってではなく、アプローチの仕方によって決まるからです。哲学に特有の切り込み方というのがあって、それは学部生でも専門的に学べます。とはいえ、主なアプローチの傾向はあります。一つはおなじみの文献解釈的なもので、ある哲学者のテキストをじっくり読み解きたい人向けです。さまざまな哲学者──ウィトゲンシュタインでもベルクソンでもトマス・アクィナスでもいいです──をテーマにできます。もう一つは、個別の問題について哲学的に考察するスタイルです。よく知られた哲学の問題を選んでもいいですし、自身の関心で選ぶこともできます。家父長制やフィクションにおけるヴィランや坂口安吾や球場におけるビールの売り子など、個性的なテーマを選ぶ人もいます。
学生の雰囲気について教えてください。
普通です。他の専攻と比べて突出した傾向はないように見えます。哲学だからといって黒いコートを着ていつも眉間に皺を寄せているなんてことはありません。自律性が高くいい意味で他人の影響を受けにくい人が多いようにも感じますが、それは文学部生または塾生一般に言える特長のような気もします。また、みなさん一般に控えめで上品な印象を受けますが、哲学の営みの基本は対話にあるので、他の受講者のことは気にせず、授業中にもっと自分の思ったことを思ったときに口にしてもらっていいのに…とはちょっと感じています。
他大学の同じ専攻との違い(慶大文学部哲学専攻ならではの特徴)について教えてください。
全国的に哲学科や哲学専攻は縮小傾向にありますが、慶大はまずスタッフ数において(とくに倫理学専攻まで合わせると)巨大です。また業界話になりますが、職業的哲学者の養成機関として東大や京大と並んで機能している点でも特異です。分野は、時代でいうと、古代・中世の哲学と現在哲学の両端に特化しているのが目立ちます。とくに科学哲学、論理学を含む広い意味での分析哲学に、スタッフの全員が関わっているところが大きな特徴とされています。たまたま今そうなのではなくたぶんこれは慶大の哲学の伝統なのですが。

最後に、卒業生の主な進路について教えてください。
まず「哲学を専攻すると就職に不利になる」ということはまったくありません。あれはよくある誤解です。大学を出てすぐ働きはじめることだけが人生のあり方ではないという考えを哲学から得て、その結果、卒業後しばらく職に就かなかったとしても、それは哲学が就職を「不利」にしたケースではありません(就職から「解放」したケースです)。というわけで就職先は文学部の他専攻とおおむね同様であり、人気の大手企業に就職する人もいれば、こだわりの中小企業に就職する人もいます。いろいろです。強いていえば、マスコミ、広告、出版関係、それから近年はIT関係が多いような感じはします。公務員試験を受けようという人はなぜか最近あまりいません。大学院に進学する人は比較的多めかもしれません。
(塩野爽空)