慶應塾生新聞会 三田オフィス

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つれづれ評論 「エンディング・ノート」 2011年

かわいらしい女性の声のナレーションとともに映し出されるのは、がっちりとした体に眼鏡をかけたスーツ姿の中年男性。「私の名前は砂田知昭。享年69歳になります」

本作は、娘である砂田麻美監督が自身の父である知昭さんの死を迎えるその日までを記録したドキュメンタリー映画である。

本作の主人公である知昭さんは高度経済成長期に会社を支えた熱血サラリーマン。「段取り命」がモットーだった彼の人生初の大誤算は突然のがん告知だった。末期がんと宣告された知昭さんは残される家族のため、人生最後の「プロジェクト」に動き出す。

この映画は「死」という重い題材を扱いながらも決して悲しみに満ち溢れているわけではない。撮影する側である娘と、被写体である父との家族の温かな情愛を交えながら、知昭さんの最期までの日々を真剣に、そしてユーモラスに切り抜いていく。

また知昭さんの心の声であるナレーションも監督自身が担当している。深刻ぶらず、ひょうひょうと丁寧語で語られる知昭さんの心情がこの映画にオリジナリティを与えているのだ。

第二の人生が始まる矢先の悲劇にもめげず、前向きに「死ぬまでにしておくこことリスト」をこなしていく知昭さん。教会の下見、孫との交流、家族旅行、息子への引継ぎ。確実に病魔に蝕まれているも関わらず、茶目っ気を忘れない知昭さんの姿に、不思議と観客は勇気を与えられる。

しかし、笑いに満ちた穏やかな日々は残酷にも終わりを告げる。知昭さんが最期の時を迎える日がやってきたのだ。孫や子供たちとの交流のあと、知昭さんは長年連れ添った妻に最後に伝える言葉を決めていた。「愛している」。初めて言われたその言葉に、妻は「一緒に行きたい。もっと大切にしてあげればよかった」と答える。一時は熟年離婚の危機にも瀕した夫婦の最後の交流には、どうしても涙を禁じ得ない。

それから数日後、知昭さんは静かに息を引き取った。日常の何気ないシーンから家族の最後の交流までを悲しみを煽るわけでもなく、たんたんと監督は撮り続ける。その姿勢が監督と娘の立場で揺れる心を映し出し、せつない気持ちにさせられるのだ。

昨年の震災以降「命の尊さ」、「家族の絆」がさまざまなメディアで扱われている中、この映画では「死」を受け入れることをポジティブに捉えている。知昭さんにとって死ぬことは避けられないけれど、死に方は選べる。仕事命で生きてきた彼の余生は自身を支えてくれた家族に捧げられたのだ。

やがて誰にも訪れる最期。自分自身の「エンディング・ノート」に何が描けるのだろうか。まだ少し早いだろう「終活」に思いを馳せる。(米田円)