慶大文学部を卒業後、筋肉アイドルとして一世を風靡。プロレスラーやボディービルダーとしても活躍した才木玲佳さん。出演した「お願いマッスル」のMVは2.7億回再生を突破した。2022年に代名詞でもあった筋肉を卒業し、現在はプログラミングやマラソンなどにも挑戦している。活動の原動力は「好奇心」だと語る才木さん。彼女の大学時代から今までに迫る。

本記事は、前編と後編の二部構成になっております。

 

好奇心で突き進んだ大学時代

 

――慶大に進学した理由はありますか。
キラキラな慶應ガールに憧れたんですよね。学生の時は恋愛とバイトしかしていなくって。バイトはカレー屋さん、鯛焼き屋さん、唐揚げ屋さんとか、家庭教師とかやっていました。他にも、テレアポとか、イベント派遣会社に登録したりと色々な所で働いていましたね。

 

――ほとんどの慶大生が就職を選ぶ中で、なぜ芸能の道を選んだのですか。

大学時代はサロンモデルとして撮影をしていただいたりもしていたのですが、その頃は芸能を目指そうとは全く思っていなかったです。でも、周りがリクルートスーツや黒髪になってく中で、私は入りたい企業や、やりたい仕事が特になくて。それなのに、みんながやるから就活をやるっていうのが嫌だったんです。それに、今後何かやりたいことができても慶應ブランドがあれば後からいくらでも挽回できるでしょ、って思ってました(笑) 今思うと甘い考えですけど。だから、私だけずっと茶髪にミニスカでしたね。

そんなときに、表参道でスカウトされました。その時声をかけてくださった方の名刺の裏にJADE時代の先輩のダンスグループ名が載っていたんです。ご縁を感じたのでお話を聞きに行って、カタログや芝居の台本を見せてもらって。キラキラした楽しそうな世界だなと思って、興味を持ちましたね。その後色々調べていたら、「Cheer♡1」というアイドルグループのオーディションを見つけて、そこから芸能界に入りました。

 

――芸能界に入る時に不安はありましたか。

不安は全然なかったですね!私、基本的に新しいことを始めるのに「怖い」って思うことがなくて、ワクワクした感情しかないんです。でもこれも、大学生以降にいろいろな業種のバイトに挑戦してみたりする中で芽生えたような気がします。中学や高校は校則が厳しかったので、大学で何をしても良いってなって、眠っていた好奇心が爆発しました。

 

――芸能界に入る時の周りの反応はどうでしたか。

周りの人から、慶應まで行ったのにもったいないとか、売れないアイドルをして大丈夫?と言われたりとかはありました。ただ、両親に関しては全く反対をされなくて。母に関しては、小さい頃に私を児童劇団に入れてくれていて、むしろ芸能活動させたかったようなので、すごく喜んで応援してくれました。父の方も、周りに迷惑をかけないならいいんじゃない、という風に言ってくれて。つい最近父親と飲みに行った時に、ぶっちゃけ芸能界入るって言った時にどう思ったかを聞いたら、「玲佳に教育費とかをかけてきたのは慶應に行って良い企業に就職させるためじゃなくて、玲佳が幸せになること、玲佳の人生が豊かになることを願ってだから」って言ってもらえました。

 

やりたいことにまっすぐ

 

――アイドルやプロレス、フィジークなど、さまざまなことに挑戦していますが、一貫していることはありますか。

「自分がやりたいと思ったことにまっすぐ!」が私の軸なんだと思います。私、小学校の頃は人と違うことが怖くて、多数決で他の人がどちらに手を挙げるか気にしてしまうタイプでした。ただ、大人になっていくにつれて、むしろ人と同じであることが嫌になって。自分が本心からそっちがいいと思っているなら、みんなと一緒でもいいんです。でも、自分はAがいいと思っているのに、みんながBを選ぶから私もBにしとこうみたいなのは嫌なんです。自分の心の赴くままに判断をしたい、他の人は関係ないって思っています。嘘をついて生きていきたくないんですよね。

私、とにかくわがままで(笑) 自分がやりたければやるし、やりたくなければやらない!子供みたいなわがままを貫いて、今に至ります。でも裏を返せば、自分を貫くこの生き方に繋がっているのかなってポジティブに捉えています。

 

――才木さんはやりたいことをどのように見つけていますか。

見つけるというより、見つかるっていう方が正しいかな。アイドルに関しては、テレビに出ている女性にモデルさんやアイドル、ハーフタレントや二世タレントの方が多くて、私はモデルも二世もハーフもいけないからアイドルになろうって思ったんですよね。

そしてアイドル活動をしていく中で、筋肉だったり、プロレスだったりに関わる機会ができて、プロレスへの道が開けて。その後、プロレスアイドルをやっていく中で大きな怪我をしてしまって、試合に出られなくなったんです。そのときに、今だからこそ体を極限まで絞れるかもしれないって思って、ボディビルの一種である女子フィジークに挑戦しました。振り返ってみると、アイドルをやっていた時にプロレスをやろうとか、ボディビルに出ようとかは全く考えていなくて、活動していく中で見つかっていったって感じですね。

今も、筋肉を辞めていろんなことに挑戦しているんですけど、自分が夢中になれる事はまだ模索中です。絶対に見つかると思うので、その種蒔きのために色々と挑戦しています。

(藪優果)