校歌を歌って声援を送るソッカー部員たち

「わ・れ・ら・が・わ・か・き……」と、試合前の体育館に大きく響き渡る歌がある。慶大男子バスケットボール部(以下、バスケ部)の部歌である「若きたましひ」だ。「塾歌」や「若き血」といったカレッジソングとは別に、バスケ部やソッカー部といった一部の体育会各部には「部歌」が存在することを知っている塾生は少ないのではないだろうか。

 

「部歌」とは各部にとってどういうものなのか。各部を代表して、今回はバスケ部OBの千種英明氏にバスケ部の「部歌」の作られた経緯などについて伺った。

バスケ部歌が生まれた経緯は、千種氏の父でバスケ部部長の千種義人経済学部教授が「部歌」を作ろうと提案したことがきっかけである。昭和27年、全日本大会で優勝した際、「若き血」を歌ったバスケ部。しかしその時、「野球の応援歌である『若き血』ではなくバスケ部だけの曲を作りたい」と千種部長は考えた。

「塾歌」や「若き血」のような華やかで楽しい曲ではなく、「力強い部歌」を作りたい。音楽にも精通していた千種部長は講師をしていた警察大学の明本京静氏(「武田節」等作曲)に作曲を、「塾歌」を作詞した富田正文氏に作詞を依頼し、部歌である「若きたましひ」が完成した。

「若きたましひ」は現在でも試合などの場面で歌い継がれてはいるものの、現役部員の多くは「部歌の成り立ちや歌詞の内容についてはよく知らない」のが現状だ。 「昔は父をはじめ部歌をしっかりと後世に伝えようとする人間が多くいたが、今はそういう人間が少ない」と、英明氏は本来の部歌の意義が現役部員にうまく伝わっていない現状を語る。

「部歌」のみならず、慶大に存在するたくさんのカレッジソングについても、それらのほとんどを知らない塾生が多いだろう。「(慶應の)いろいろな歌を覚えておくと、社会に出てからも自分が慶應で学生生活を送ったんだという気持ちがよりいっそう深まる」と話す英明氏。慶大のさまざまな「歌」には社会に出た塾生に原点を思い返させる灯台のような役目があるのかもしれない。      (小林知弘)