家庭料理や西洋料理に関わってきた料理研究家、辰巳芳子さん(94)。日本で初めての生ハムづくりに取り組んだり、近年は日本の食材を次世代に残したいという思いから「良い食材を伝える会」を立ち上げ精力的に活動したりと、現在も食と向き合い続けている。また、辰巳さんはかつて塾生として心理学を学んでおり、慶大にも縁が深い。食と命の繋がりを考え続けてきた辰巳さんが、慶大生に向けて今伝えたいこととは。(構成=杉浦満ちる)

食と命を考えるとき

自分の命らしく生きていこうとしたら、一番自然な方法は、賢く食べること。どう食べるかによって命は守れたり守れなかったりするの。この考えにたどり着いたのはもともとの私の持ち前でしょうね。外からのきっかけというより、命ということをずっと考えていたから。

例えば、思考力というものだって、実践しようと思ったら積み重ねないといけない。積み重ねは体力がないと途中で軽くなっちゃう。最後まで考えつくすだけの体力維持のためにはふさわしい食生活。玄米なり胚芽米なり、無農薬のお米を食べないとやり遂げられない。本当の学問をしようと思ったら、カップラーメンなんか食べていてはできません。

慶應での思い出

私にとって慶應時代は本当に良かった。主任は横山松三郎先生。慶應の心理学は、実験心理学という物理学と生理学の間を行くような学問だったので、生理学的な話をよく聞けた。本を読むことも慶應で教え­­ていただいた。

他に受けていた授業では、松本正男先生の哲学概論も上等なものだった。概論は主任教授が責任をもって熱意をもって命を懸けて講義しなければならないものだなあ。その学問の一番根底にあるものだから。学生の魂をつかまえるくらいの概論でなければ。

物事をどのように整理して裏付け、考えていくかというのが大学の勉強だと思う。ものの見方、分析の仕方、統計だったものにする方法。こういった習慣は大学の勉強のおかげだと思う。

食と自然環境

食べるということを考える時は、自然環境という根源的な視点がないといけない。

例えば、湘南の自然環境は大したことがない。気候が良くて何も努力する必要がない。湘南育ちはナマケモノの最たるもの。ここは何だってできちゃう。

厳しい環境だと、東北や北海道のような場所は凍えて作物が育ちにくい。だから料理の内容も違うし、米を食べる態度、気持ちが違うのね。この一杯のご飯に頼ってまた働かなければならないという切実な気持ちを持って「いただきます」と。

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