料理研究家・辰巳芳子さんが伝える 日本の食と文化を守るには

いざという時に何かできないと

いざというときに備える食べ方をしないと、日頃そのつもりでないと生きていけない。例えば、ここに本物の食材を使って作った鰹本枯節のでんぶと梅小紋のふりかけがある。もしミサイルが暴れたら、地下に3日くらい閉じ込められるかもしれない。その時、国は握り飯くらいくれるかもしれない。握り飯と一緒に食べるこういうふりかけがあるか、それで生きるか死ぬか決まるんだ。梅には防腐作用や人の血液を正常化させる作用がある。そういう性質を生かして、生き延びられる。

思想は具体性となって現れなければ意味がない。食べ物は、こうやったら命が守れるという考えで作られてなければ、何のためにあるかわからないですよ。紙の上に書くだけでは人間は幸せになれない。

一歩外へ出たら自分を傷つけるものがあると頭の中に入れたほうが良いな。実はこういうことがあるの。父は中学時代から器械体操、大学ではラグビーをやっていた。関東大震災で乗っていた電車が横転した時、器械体操のおかげで瞬間的に網棚につかまって、汽車の外に出ることができた。そのあと中の人たちも助け出すことができた。太平洋戦争終戦の時には、父は満州にいて、430人の仲間を一人も失わずに奉天から舞鶴まで連れて帰ってきた。ラグビーで培った統率力のおかげだと思うの。人間っていうのはそういうふうでありたい。自分の持っている力はそうやって使えるように、自分自身に期待していたい。

知っているだけではなく、自然に何かができる人になっていないとだめなんだな。今は知っているだけで、できているつもりになっている人が困ったことに多い。介護でも何でもいい、何かできる人がほしい。

日本の食を守るには

料理をする方で、食材をどのように守るかまで考える方は少ない。ただ日本の米を食べていくだけでは、維持はできても積極的に守ることはできない。だから私は、他の方法を見出したいと思っている。

日本はエネルギー資源がない小さな山国だ。魚は自然環境の変動などで漁獲量が減っているし、動物は餌が必要。かろうじて生きやすくするのにあるは米と大豆だけ。私たちは、悲しいほど痛いほど生きていきにくいとわかっていないといけない。どうしたら米と大豆を守れるのか、みなさんが考えてほしい。少しでも生きていきやすくするには、新しい気付きが必要ね。そういうのって慶應は得意じゃないかな。慶應は魂のスマートさを持っていると思う。それって何だろう。実際的な問題があった時に福澤先生ならどう向き合うだろうと考えたことある? どうやって問題の核心に触れることができるだろうと。

人を幸せにすることで文化を守れる

仕事っていうものは楽でなければならないと思う。非合理的ではやらなくなってしまう。昔からの日本のすりこ木はいつまでたっても終わらない、耐え難い道具。それを70歳になったとき、変えることができた。すり鉢は昔より開いた形に、すりこ木は先を大きくした。そしたら、3分の1の労力で成果は3倍。何でもないように見えるかもしれないけど、目に見えない進歩だな。世の中が生きていきやすくなるとはこういうことです。あなた、これがスマートっていうものだよ。

こうした何でもない改善をしないと人間は幸せになりません。今のままの道具では、仕事が耐え難いから使わなくなる。こうして日本の食文化からあえ物というお料理もなくなってしまう。100年経ってから、道具が非合理的だからなくなったとわかるんだ。私は、道具が改良されたからなくならなかった、というふうになりたい。文化はそういうふうにして築いていくものです。

辰巳芳子(たつみ・よしこ)

1924年生まれ。料理研究家の草分けだった母、浜子氏のもとで家庭料理を学ぶ一方、独自に西洋料理の研鑽を積む。父親の介護を通じていのちを支える「スープ」に着目し、鎌倉の自宅などでスープ教室を主宰している。広い視野と深い洞察に基づいて、新聞、雑誌、テレビなどで食の大切さを提言しつづけている。