誰にでも「忘れられない」出来事というものがある。人間がいくら「忘れる」生き物であったとしても、だ。
スポーツの世界は、そのような「忘れられない」出来事を、われわれにはからずも提供してくれる。『ドーハの悲劇』などもその典型であろう。メディア側の過剰なまでの「刷り込み」があったとはいえ、あの日の出来事は、日本サッカーを愛するものにとって決して「忘れることのできない」苦い記憶である。
筆者自身、塾野球部の春季リーグでの戦いを追っていく中で、その「忘れられない」出来事に遭遇した。リーグ優勝のかかった早慶戦第三戦。8回裏4―1で慶大3点ビハインドの非常に苦しい場面。この回代打で登場したのは、足の怪我が完全には癒えていない金森(環3)。今春のリーグでは打線を引っ張ってきた彼だけに、この一打に賭ける思いは相当なものであったはずだ。果たしてその結果は……なんと本塁打。痛い足を引きずりながらも、雄叫びとともにガッツポーズを決めダイアモンドを回る彼。しかし、悲劇はその直後に訪れた。審判が、ホームベースを踏んでいないと判定。本塁打が取り消されてしまったのだ。審判の判定を聞き、ベンチの前で呆然と座り込む金森。そのコントラストは強烈で、筆者の脳裏にはそのときの映像が鮮明に焼きついて離れない。
スポーツの最前線では、選手たちが常に凌ぎを削って戦っている。そしてそこで生まれる物語は、まさに「筋書きのない」ものだ。プレーしている本人たちですら予測のつかない展開に、われわれ一般人は、驚嘆し、感動し、そして彼らに喝采を送るのである。
体育会各部の秋季リーグ戦では、どんな「忘れられない」出来事に遭遇することができるだろうか。
(安藤貴文)