「塾生新聞11月号『塾生 箱根路に再び』の記事を読みました。慶大生が箱根駅伝に出走するのは12年ぶりだそうですね。

記事を読んで思い出したのですが、年明け今月10日にはもう一つ、『走り』のビッグイベントがありますよね。西宮神社の福男選び。過去に慶大生が一番福に輝いた例はあるのでしょうか。ぜひ調べて頂きたいです」

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結論からお伝えすると、弊所が調べた限りでは前例が見当たらない。

西日本の戎(えびす)神社を中心に、毎年1月10日前後に行われる十日戎。商いの神として知られる「えべっさん」に商売繁盛と五穀豊穣を祈願する行事だ。その締めくくりとして兵庫・西宮神社で行われるのが「開門神事福男選び」である。

福男選びにあまり馴染みがない読者もいるだろう。西宮神社では、毎年1月10日午前6時ちょうど、表大門(おもてだいもん)が開かれると同時に男たちが本殿を目指して一斉に走り出す。門から本殿まで、参道の長さはおよそ230メートル。本殿に一番早く到達した者が「参拝一番乗り」と認められ、その年の「一番福」の称号を授かるのである。

昨年の三田祭期間中に依頼は舞い込んだ。弊所が誇る最新データベース、グ○グルを照会したところ、過去に塾生が一番福を手にしたというような記事は無かった。調査結果としてはあまりに物足りない。依頼人の期待を裏切るのは申し訳なかった。

「だったら自分たちが前例を作ればいいじゃないか」

会議中にそうつぶやいたところ、他の所員に喝采され、引くに引けなくなってしまった。その日から、短距離走の猛練習が始まった。決して『陸王』に触発されたわけではない。

福男選びへの参戦が決まってから本番まで約1カ月半、探偵業を離れて急ピッチで練習を進めた。陸上を極める現役学生や、毎年参加している地元住民もいるだろう。「陸(の)王(者)」が負けるわけにいかない。

年が明け1月9日夜、ランニングウェアに身を包み、福男選び参加者の集合場所へと向かった。阪神西宮駅から西宮神社は目と鼻の先だ。神社横の駐車場はすでに人で溢れかえっていた。驚いたのは、そこに多くの女性が並んでいたことだ。女性が開門神事を制した場合、「福女」として認定される決まりとなっている。

午後10時、参加者の登録が始まった。福男選びもあくまで「参拝」の内だ。神事に適した服装を身につけているかどうか、参加者の一人一人が厳しくチェックされる。

さらにその2時間後には、参加者のスタート位置を決める抽選が行われた。スタート位置は門に近い順からA、B、Cブロックへと抽選で振り分けられる。ニュース映像に取り上げられるような「開門ダッシュ」を披露できるのは、Aブロックの定員108人のみ。先着1500人が抽選に参加する中、約14倍の倍率を勝ち抜き、その上で境内のレースを制して初めて真の「福」を持つ男と認定されるのだ。

位置決めのくじを引くと、出たのは「C」。福男を狙うには難しい位置だが、気を取り直してCブロックの前列で開門の時を待つことにした。

境内の外で夜を越している間には、報道陣が次々と神社に到着し、列をなす参加者にインタビューを行っていた。福男選びへの全国的な注目度の高さを実感し、気が引き締まる。

真冬の寒さと格闘しながら過ごすこと8時間、ついに時計の短針が「6」を指そうとしていた。

「開門!」

次の瞬間、宮司の盛大な掛け声とともに赤門が勢いよく開かれた。A、Bブロックの参加者が一斉に駆け出し、それに続いてCブロックも動き出す。この時、頭の中で『陸王』のメインテーマが流れていたことは否定できない。もはや気分は日曜劇場である。寒さなど忘れ、目の前の門を駆け抜けた。ただ体を動かせることの喜びだけを噛みしめながら…。

(プロのエキストラ)

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