港区・三田にある聖坂(ひじりざか)。この坂もまた、実に走りたくなる坂である……。

某番組のうたい文句はともかく、慶大三田キャンパスから歩いて約5分の場所にある聖坂は、丹下健三氏が設計した在日クウェート大使館や大江宏氏設計の普連土学園と日本有数の名建築が立ち並ぶ。何かと建築にゆかりのある土地にもう一つ、ひときわ目を引く建物がある。

地上に生えてきたかのような構造、コンクリートの不思議な表面。空に向かって鉄筋が伸びるこの建物は、「蟻鱒鳶ル(ありますとんびる)」という。2005年からすでに10年以上に渡って建設が進められ、現在も工事中である。記者が中をのぞくと、作業をしている人を見つけた。蟻鱒鳶ルの施工主、岡啓輔さんだ。

岡さんは元々この場所に自邸を建てるため、土地を購入し自らの手で建築を始めた。三田という場所を選んだ決め手には、都心の土地価格が落ち着きつつあったことや、航空会社に勤めていた奥さんが成田にも羽田にも行きやすいという立地、日本建築学会の存在、海に近いことなどがあったようだ。「慶應がおしゃれすぎるから、ラーメン二郎と僕でバランスを取ろうと思って」と冗談を言う岡さんは、時折山食を利用することもあるのだとか。

岡さんに建設中の建物を見せてもらった。鉄筋コンクリート造のこの建物、コンクリートの打設には岡さんのこだわりが詰まっている。通常、建物の寿命は約50年あればよいとされており、コンクリートの製造も工程を最小限にとどめたり輸送中に生コンを維持するために水分を多く含ませたりする場面は多いという。しかし、蟻鱒鳶ルのコンクリートは専門家に200年持つと言われるほど強力だ。その場でコンクリートを打つため、通常60%含んで使う水分を37%まで下げることを可能にしている他、化学変化を起こしてガラス質を発生させている。結果、水や空気を吸わず、劣化を起こしにくくしているのだ。

がっしりとしたコンクリートを眺めながら階段を上がる。3階はまだ建設途中で天井がなく、壁から鉄筋がむき出しになっていた。ふと壁を見ると、葉の模様や不思議な凹凸が随所に散りばめられている。いったいどのように作っているのだろうか。

コンクリートを打設する際は、コンクリートパネルと呼ばれる木製の合板を型枠にしてそこにコンクリートを流し込むのが一般的とされる。ところが、岡さんは以前職人としてコンクリートを打設していたところ、パネルの腐食を防ぐための防腐剤を吸い続けたことにより、体を壊してしまった。防腐剤を使わないためにどうするか。そう考えたとき、岡さんは材木とコンクリートの間にビニールを挟むことを思いついた。木材の劣化を抑えられるうえ、材木とビニールの間に本物の葉を入れたり、材木に穴をあけたりしてみると、平面だったコンクリートに表情が付き始めた。こうして表現の幅が拡大していくなかで、岡さんは他のアプローチも試すなどして実験のように表現を楽しんでいる。

3階を見渡してみると、他にも不思議なアイテムが目に入る。大きな輪のような構造物は岡さんいわく「石貨」だという。「昔、太平洋のヤップ島の青年が石貨を持ってきたのをきっかけに、人々が航海の危険を冒してでも手に入れ、誇りとして家の前に飾るようになった」という話を聞いたため、自分の家に飾るために作ったのだそうだ。

石貨と型枠

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