映画を観るとき、塾生諸君は何を意識するだろうか。
 時間の自由がきく大学生活にさまざまな文化に触れ、感性を磨くことは、将来大きな財産になる。特に、映像、ストーリー、音楽、多様な構成要素を持つ映画は、一本一本が自分を変えてくれる可能性を持つ宝箱のように思える。
 「映画は照明などの映像効果、カメラワーク、俳優の見せ方などの『演出』で決まると感じる。その映画が持つメッセージ性やテーマを考えることだけで鑑賞時間を終えてしまったり、物語を追いかけることに集中してしまうのはもったいない。演出の意味を考える事こそが映画を真に理解することに繋がる」と語るのは、三田キャンパスの一般教養「映画演劇論」の授業を担当し、映画評論家としても活躍されている藤崎康講師。
 「映画の深みに気付く。それは映画に対して受動的でなく、積極性を持つことによって可能になります。話題作だけ観るのではなく、ジャンル、年代を問わず、さまざまな映画を貪欲に観ることで自分のなかにたくさんの引き出しができます」と、良い意味で映画に貪欲になる必要性を藤崎講師は語る。
 「貪欲な好奇心」は今、映画だけでなく音楽や美術、スポーツなど幅広い分野で必要とされているとする藤崎講師。「『実学』だけでなく、無用なものこそが役に立つ『無用の用』。私の好きな言葉です。そのようにしてさまざまな映画に触れることで、以前は見えなかった映画の良さが視えてくるようになり、理解が深まると思う」と話す。
 また、藤崎講師は「映画的教養のメルトダウン」が到来していると指摘する。近年情報化社会のなかで、人々は次々と更新されるマスコミの情報に右往左往するようになった。「知識の上っ面をかすめ取ることに専念し、深みのある知識を持つ人が減った。流行りだから映画を見る、という皆と同じ価値観を目指す最大公約数的な若者が増えている。映画の造形的な面白さに気付かないシネマグロ(映画不感症)の若者が多い」と警鐘を鳴らす。「CGなどのテクノロジーが暴走し、映画の中でも人は等身大でいられなくなっている。自分の肉体に備わる五感を取り戻してほしい」と語る。
 藤崎講師は映画を観る場所にもこだわりたいと話す。「シネコンや家だけではなく、まだまだ開発できる。例えば東京近代美術館フィルムセンター。京橋にあり、クラシック映画を中心に上映している国立のシアターで、大学生は300円前後で映画を観ることができる。価格や映画のジャンル的にも選択の幅が広がると思う」と語った。
 最後に藤崎講師のお薦め映画を紹介する。まずは6月19日に公開される青山真治監督の『東京公園』。これはぜひ演出に着目して観てほしいと藤崎教授は語る。またオムニバス映画『TOKYO!』の中の『メルド』という作品。銀座や渋谷で怪人が暴虐の限りを尽くす「メルド(糞)」のようなテロ映画だ。しかし随所に近代文明批判の視点が光る大作であり、2008年カンヌ国際映画祭の「ある視点部門」に正式出品された作品である。どちらも藤崎講師イチ押しの作品だ。
 「塾生諸君には大学生のうちから映画に貪欲になることを覚えてほしい。監督ごとの特徴、すなわち作家性を理解するなど、映画的教養を深め、映画的快楽を追及してほしい」と藤崎講師は語った。
     (宮前美希)