
「核兵器をなくす日本キャンペーン」様が開催されたイベントでの集合写真
核を取り巻く過去の記憶を見つめ直し、現在の取り組みに迫る連載。第3回は核廃絶を目指し、日本が核兵器禁止条約に加わることを目的に市民への発信や国会議員・政府との対話を通じて、市民社会と政治の両面から日本の条約参加を推進している「核兵器をなくす日本キャンペーン」の浅野英男さんに活動内容や核廃絶を目指す上での若者の役割などについて聞いた。
●現在の活動について
―現在の活動内容について、手応えを感じている点を教えてください。
手応えを感じる点は大きく2点あります。
1点目は国会議員の意識の変化です。
国会議員による超党派の討論会を2020年から毎年開催する(今年で9回目)など、継続的な取り組みを通じて、核兵器禁止条約に対する国会議員の注目度が高まった結果、日本の締約国会議へのオブザーバー参加を求める声が国会で多く取り上げられるようになりました。
今年の3月に開催された核兵器禁止条約の第3回締約国会議には、日本政府は参加しませんでしたが、超党派の国会議員6名が現地参加しました。これは世界的にも最大規模の議員団であり、私たちの働きかけが議員の関心を高め、実際の行動に繋がったと考えています。
2点目が市民の関心の高まりです。
今年の2月に東京で開催した「核兵器をなくす国際市民フォーラム」には2日間で900人が参加しました。直近の世論調査では、73%が日本の核兵器禁止条約への参加を求める結果が出るなど、世論の広がりを感じます。特に、活動に参加してくれる若者が増えてきたことは大きな成果で、先日も若者主体で企画したイベントを成功させることができました。
―現在の活動における、課題を教えてください。
課題点は主に2つあると考えています。
1点目が、政府の政策に反映しきれていないことです。
国会議員の関心は高まっていますが、政府の方針や施策を変えるまでには至っておらず、依然として大きな課題です。
2点目は、若者の参加が増えているとはいえ、核兵器の問題をいかにして多様な背景を持つ人々へ広げていくか、という点には大きな壁を感じています。また、関心が広島・長崎・東京に偏りがちで、関心をいかに全国に広げるかも引き続きの課題です。
―国会議員にアプローチする際、どのような工夫をされていますか?
工夫していることは大きく2つあります。
1つ目は「良い質問」を投げかけることです。
我々の要求を一方的に伝えるのではなく、議員の皆さんがそれぞれの政党の立場からまず考え、自身の言葉で説明してもらうことを重視しています。
良い質問は議員にとっても新たな気づきに繋がり、より深い対話を生み出します。その対話の中から代替案を見出していくなど、具体的な進展に繋げていくことを意識しています。
2つ目は、相手の立場を深く理解することです。
対話の前提として、各政党が出している政策や政府の外交方針などを深く読み込み、政党ごとの核に対する考え方を理解するよう努めています。相手の立場を理解することで、より建設的な議論が可能になります。
―活動は国内が中心かと思いますが、海外に向けて日本の取り組みを発信したり、連携したりする活動はされていますか
海外との連携も積極的に行っています。例えば、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)が主催する国際フォーラムに参加し、日本の活動を世界中に発信しています。
また、私たちが主催した国際市民フォーラムには、アメリカ、韓国、インドネシアなど東アジアの核問題に関わる国から海外ゲストを招待しました。特に東南アジア諸国は核兵器禁止条約に非常に積極的で、彼らと連携することで、地域全体で核廃絶の気運を広げ、核保有国への働きかけを強める可能性があると考えています。そのため核廃絶を考える上で、東アジア諸国との市民社会レベルでの連携が非常に重要だと考えています。
―アメリカや中国など核保有国の人々と対話する際に意識していることはありますか
私たちが対話の際に意識しているのは、「核兵器のない世界が望ましい」「核兵器は決して使用させてはならない」という共通認識を丁寧に作り、それを前提に議論を進めることです。その上で、政策的に何が可能か意見交換を行います。また、アメリカの研究者の中には、現在の厳しい国際情勢の中でも米ロ中が合意できる軍備管理について模索している方々もいます。そうした専門的な知見を学び、日本の政策議論に生かすことで、より現実的な政策立案が可能になると考えています。

●市民社会の変化と若者の役割
−活動を続けられている中で、市民の意識にどのような変化を感じていますか
2つの側面があると感じています。
一方で、私たちの活動に関わってくれる人が多様化しています。特に日本被団協のノーベル平和賞受賞以降、核問題への関心が高まっています。
他方で、安全保障環境への漠然とした不安から、核武装を容認するような議論が以前に比べて増えていると感じています。私たちはこのような声に対しても、核武装がいかにリスクを伴うものであるかを、一つひとつ丁寧に説明していくが求められていると考えています。
―今後、日本が条約に参加する上で、被爆体験のない若者世代はどのような役割を担うべきだとお考えでしょうか。
若者の役割は大きく2つあると考えています。
1つ目は「自分たちの世代の問題」として語り、広げることです。
核兵器の問題を、歴史上の話としてだけではなく、今を生きる自分たちにも関わる課題として語ることです。世界の核兵器は依然として1万発以上あり、現役の核弾頭数は近年増加しています。こうした核の現状を同世代の言葉で広げていくことが重要です。
2つ目は「未来志向の議論」を提起することです。
若者は、これから先の世界を何十年も生きていかなければなりません。その長い視点から、核の危険性を認識した上で「核兵器のない世界」という未来のビジョンから逆算し、今必要な取り組みを議論することができます。短期的な視点に囚われがちな政治の議論に、未来志向の視点を持ち込めることも若者の強みです。
―社会情勢に関心を持つ若者とそうでない若者がいる中で、まだ関心のない若者が関心を持つきっかけや、はどのようなものがあるでしょうか。
関心を持つきっかけとして、3点お伝えしたいです。
1点目が「自分たちの問題」として捉えることです。
もし東アジアで核戦争が起きれば、軍事基地を抱える日本はターゲットになり得ます。また、年間約14兆円ものお金が世界で核兵器の維持等に費やされています。このような莫大な資金を他の社会課題の解決に使えば、私たちの生活はもっと豊かになるかもしれません。このように、自分たちの生活と繋げて考えることも一つの入口です。
2点目が他の社会課題との繋がりを知ることです。
核兵器の問題は、戦争だけでなく、核実験による環境汚染や健康被害など、様々な問題と繋がっています。自分の関心のあるテーマを通して核問題を考えることも重要です。
3点目は広島・長崎を訪れることです。
私自身、大学2年生の時に広島を訪れたことが、この問題に深く関わる大きなきっかけになりました。社会との距離を意識し始める大学生の時期に現地を訪れることは、世界の一市民として何ができるかを考える上で非常に大きな意味を持つため、強くお勧めしたいです。
●活動の展望
― 活動は2030年までを予定されていますが、今後の展望についてお聞かせください。
目下の目標は、2026年11月の第1回再検討会議です。これに向けて政府や市民社会への働きかけを盛り上げていきます。
長期的な展望としては、日本が核兵器禁止条約に参加するにあたって、達成すべき2つの重要な要素を整えることだと考えています。
1点目が国際環境の整備です。
日本がアメリカの「核の傘」から脱却できるように、東アジア地域の緊張を緩和し、核の脅威そのものを減らすための外交・対話を進める必要があります。私たちもそのための提言を続けていきます。
2点目が国内世論の醸成です。
国際環境が整ったとしても、最終的に条約に参加するという政治的判断を引き出すためには、それを後押しする強い国内世論が不可欠です。世代や地域を超えてこの問題への関心を広げ、機運が高まった時に政治の決断を後押しできるような状況を作っていくことが、私たちの大きな役割です。
―2026年11月には核兵器禁止条約の第1回再検討会議が開催されます。日本政府がそこに参加することに向けて、何か具体的な働きかけや工夫はされていますか?
まさにこれから取り組みを始めようとしている段階です。
主な課題は、与党や政府の中枢を担う方々と、核廃絶について建設的な議論が出来ていないことです。そのため、超党派での議論をさらに盛り上げ、与党内に存在する条約に対するネガティブな見方を変えていくことに注力したいと考えています。
また、日本政府が条約参加に踏み切れない背景には、日本を取り巻く厳しい安全保障環境と、アメリカとの関係を重視する姿勢があります。この点を踏まえ、私たちもただ参加を求めるのではなく、対話や外交を手段として、地域における核の脅威を減らすための具体的な提言を行っています。このようなアプローチを通じて、日本が条約参加に前向きになれる国際環境づくりを訴えていきます。
―唯一の戦争被爆国である日本が、核兵器禁止条約に参加していない現状をどうお考えですか
我々としては、1日も早く日本が条約に参加してほしいと願っています。それが唯一の戦争被爆国としての責任であり、被爆者をはじめ多くの市民が長年訴えてきたことです。
一方で、日本を取り巻く安全保障環境が厳しいことも理解しています。しかし、現在の日本政府の議論は、核抑止力の強化に過度に傾いているように感じます。抑止力を強化しても、相手がさらに軍備を増強する「軍拡競争」に陥るだけで、地域の緊張は高まる一方です。
私たちが政府に求めるのは、抑止強化の一辺倒という姿勢ではなく、地域の緊張を和らげ、核の脅威を低減させる明確なビジョンを持った対話や外交です。
●若者へのメッセージ
―被爆体験のない若い世代へのメッセージと、若者の一部に見られる核保有論に対するお考えをお聞かせください。
メッセージは3点あります。
まず、広島・長崎をぜひ訪れていただければと思います。学生という将来を考え始めるタイミングであの場所を訪れることには、本当に大きな意味があります。日本人として、また世界の一員として、忘れてはならない重要な学びがあると信じています。
そして、多様な視点から核問題を学ぶ機会を持っていただきたいです。「安全保障」という視点だけでなく、核被害に今も苦しむコミュニティの視点や、核を持たない国々の視点などからこの問題を捉えてみてほしいです。そうすることで、特定の人々の犠牲の上に成り立つ平和が本当に正しいのか、という問いが生まれ、広い視野で核問題を捉えられるようになると思います。
さらに、身近な人との対話につながるきっかけを見つけていただければと願っています。
立場関係なくこの問題について対話をすること自体が、社会全体で考える第一歩になります。若者の中にある核保有論については、安全保障に対する不安の表れだと思います。
だからこそ、私たちは感情的に反発するのではなく、考えの背景を理解し、その上で核武装という選択肢がいかに危険で、リスクを伴うものであるか、そして、外交や対話といった別の選択肢もあることを、丁寧に伝えていくことが重要だと考えています。
(大世古葵)