【喊声】6月号

「文字を読む」という行為は、非常にエネルギーを使う。なぜだろうか

▼情報を理解する際、自分が現場を体験できればよいが、当然人は全ての物事を体験できるわけではない

▼文字には沢山の事柄を凝縮できる力がある。文字化された記録を読むことで、筆者が伝えたいことを、読者も共有できるというわけである

▼人が文字に触れるとき、目に見えている文字そのものを識別する以外に、書かれた文字が表している事象や状況を解読する必要がある。その苦労を厭わない人は、本や新聞が好きだろうし、逆の人は別の手段で情報を仕入れようとするだろう

▼かつて私が浪人していたとき、「大学は本を読むところ」と言われたことがあるが、最近になってようやくその意味を理解―今はまだ体感ぐらいだろうが―するようになってきた

▼大学生活では、文字に触れられる時間が沢山ある。文字を読むことに慣れるには、やはり文字を読む訓練を積む以外に方法はない。人が置かれた環境によっては、すでに嫌になるほど文字に触れている人もいるだろうが、まだそこまでの経験のない人は是非体験して欲しい。この新聞がその一助になれば幸いである。

(村井瑛)