《早慶戦特集》フリーアナウンサー 田中大貴さんインタビュー

「今までどれだけの努力をしたか。生きざまや弱さが出る。決して嘘をつけない場所。それが早慶戦です」

そう語るのは、フリーアナウンサーの田中大貴さんである。野球部時代の思い出や早慶戦について話を聞いた。
(聞き手:城谷陽一郎)

 

―慶應義塾体育会野球部に入部した理由を教えてください。
僕は、いわゆる松坂世代の高校球児でしたが、甲子園に出場することはかないませんでした。それでも、プロの世界に行きたいという思いがあって。東京六大学野球ならプロレベルの実力を持った選手たちと戦うことができると思い、慶大を受験し入部しました。

―4年生の春に本塁打王となりましたが、当時の思い出はありますか。
自分の誕生日に行われた明治戦でのことです。1点差ビハインドの場面で同点HRを打つことができました(2号)。しっかり狙って打ったホームランで、応援席にガッツポーズをしてダイヤモンドを1周しました。そのときの感覚は忘れられないです。

これまで3HRと活躍の田中大貴さん(慶應塾生新聞 2002年5月号より)

―大学時代に戦った印象深い選手はいますか。
早大の和田毅さん(福岡ソフトバンクホークス)ですね。4年の春・秋のリーグ戦のとき、僕が最後のバッターで、どちらの打席も和田さんを前に三振に終わりました。大学時代には何度も挑んでも打てなかった。自分に腹が立ちバットをへし折ろうかと思ったくらいでした。その後悔や悔しさは忘れられず、仕事で同じスタジアムにいても話さないような状況が9年続いたぐらいです(笑) 今は、仲良くしています。

4年最後の早慶戦後の田中大貴さん(慶應塾生新聞 2003年4月号より)

―早慶戦とはどういう舞台でしたか。
超満員のスタンドから球場に出る感覚は、足が震えるというよりついてないような感覚でした。「4番、田中大貴」がコールされた時の、慶應側の観客の沸き方はすさまじかったですね。これだけの人たちが味方なんだ、と鳥肌が立ち続ける感覚でした。逆にいえば、敵にもなりうる。勝って終わらないといけないものでした。

―早慶戦での勝利とは。
早慶の両校にとっては、早慶戦で勝利することに意味があります。たとえ優勝しても、早慶戦で勝ち点を挙げて終わらなければ喜びも減るし意味がない。
僕が3年生のとき(2001秋)、リーグ戦八連勝で優勝を決め、完全優勝がかかった早慶戦でした。しかし、和田毅さん、江尻慎太郎さん(元福岡ソフトバンクホークス)擁する早大に対し勝ち点を落としてしまいました。優勝を忘れてしまうような感じでした。三田の祝勝会よりも早慶戦に負けたショックの方が大きかったです。そのときに改めて早慶戦は勝って終わらないといけないということを教わりましたね。

早慶戦は、田中さんも話すように単なるリーグ戦ではない。東京六大学春季リーグは、6月1日、2日に最終カードの早慶戦を迎える。慶應義塾は、令和最初の勝者になれるのか。そして、早慶戦に敗れて三連覇を逃した昨秋の悔しさを晴らせるのか。注目だ。

【プロフィール】
田中大貴
慶應義塾大学環境情報学部卒業。慶應義塾体育会野球部に所属し、2002年の春季リーグ戦では本塁打王を獲得するなど、チームの主力として活躍した。フジテレビのアナウンサーを経て、フリーアナウンサーとして現在活躍中。