《世界に挑む塾生》塾生と大岩壁・ヨセミテ 2年ぶりに再び冒険へ

世界に挑む塾生

翌朝5時30分頃目を覚まし、お湯を沸かして朝食のアルファ米を食べる。陽があたり始める前に寝袋をしまい、昨晩セットしたロープを伝って登り返し始める。ここから、少しだけトリッキーなパートが始まる。ロープを使って20メートルほど下降した後、ほとんど凹凸のない壁を横に移動するのである。フォローのロワーアウト、水と食料と寝具がすべて入った重いホールバッグの処理も、練習通り順調にこなしていった。3回の横移動を終えると、次は100mほど真上に続く、手の厚さほどの岩の割れ目を登る。ここは思い切ってフリークライミングで登っていく。昨日は巻いていなかったテーピングを手の甲に巻き、戦闘スタート。日本を出る前、瑞牆山でザックを背負ってのフリークライミングの訓練をしすぎたせいか、思った以上に良いペースで登ることが出来た。3、4人寝ることができる大きなレッジ、Dolt Towerに到着した時、まだまだ体力に余裕を感じた。今日の寝床まであと3ピッチ、せいぜい100mくらいだろう。サクッとフリーでこなしてEl Cap Towerに到着した。

エル・キャピタンの約半分ほどの高さに位置するこのレッジは、きっと人が4人寝てもその横でバーベキューが出来るくらいの広さだ。昨晩のSickle Ledgeに比べたらスイートルームだ。重いホールバッグを揚げ終わり、泣き言を言う岡田を無視してもう1ピッチを登りはじめる。明るい内に、次のチムニー(SASUKEファイナルステージのような2つの壁の間を登るセクション)にロープを上からかけてしまいたかった。そうすれば翌朝はロープを伝って登り返せばいいだけだ。壁と壁の間を10メートルほど登るのだが、プロテクションが中間のボルト1本しかとれない。それでもザックなしの空身で登っているので、グレード通りの快適なクライミングを楽しめた。

寝袋に入りながら晩飯の準備をしていると、ふと昨日の後続パーティーのことを思い出す。もう辺りは暗くなり始めているので、予定通りなら彼女らもこのバーベキューハウスに到着していてもおかしくはない。レッジの端まで歩いて、小さく見えるDolt Towerを見下ろしてみる。すると、2つの小さな光が縦に並んで地上に向かって降りて行っていた。どうやら彼女らはそこで敗退を決めたようであった。西海岸に住むクライマー仲間に聞いたのは、このルートの成功率は大体50%くらいだとか。敗退の原因は色々考えられる。水が足りなかったとか、ギアを落としてしまっただとか、単純にスピード的に間に合わなかった、など。だがそんなことはどうでもいい。僕はまだ彼女の顔を見ていない。昨晩パートナーの岡田はちゃっかりヘッドライトを出して彼女の顔を見たらしい。ショックのままに寝ころんで、星のよく見える空を眺める。最大の核心である3日目のコンテンツを頭で予習しながら、夜中に冷えた空気を吸いすぎないよう、寝袋に顔をうずめて眠りについた。

両手を目一杯広げて伸びができるほど大きいテラスで朝を迎えられるのは、やはり気分がいいものだ。昨日はそれほど疲れを感じていなかったが、快眠とはまさにこのこと、疲労が完全回復した。朝食のアルファ米をさっと平らげ、アメリカサイズのモンスターエナジーを岡田と二人で分けあう。昨晩準備したロープを伝って上のピッチへと登りだした。

朝の9時過ぎごろ、本日の1つ目の核心にたどり着いた。15mほど下に伸ばしたロープに全体重をかけ、時計の振り子のように横移動しながら壁を走り、遥か先のクラック(編注:岩の裂け目)を掴まなければいけない。King Swingと呼ばれるこのピッチは、このルートの攻略を目指すものが皆胸を踊らせる、いわばハイライトの1つだ。YouTubeに色んな動画が載っているはずなので、是非一度観ていただくことを強くおすすめする。

初めてのKing Swingは、失敗とは言わないものの、予想以上に時間がかかった。最初に出したロープが短すぎて、スイングの幅が小さくなってしまった。軽く10分は壁を左右に走り続け、岡田もあきれ始めた頃に突然上手くクラックに手が届いた。シルク・ドゥ・ソレイユも顔負けのパフォーマンスで、地上500mの戦いを制した瞬間だった。

続くセクションでは、ある程度のフリークライミングを避けて通れないようであった。というのも、壁に打たれたボルトの間隔が広く、ハンガーから直接ハンガーに移動ができない。8mmほどの横に走る形状を右手で握りこみ、右足で結晶に乗り込む。垂壁に体を沿わせて立ち上がると、ハンガーに繋がっているワイヤーに手が届いた。その後も続くフリークライミングを順調にこなし、東に影が傾き始める頃に巨大なハングの下に着いた。

エル・キャピタンを下から見上げると、かなり遠く、上の方に、大きな影を落とす天井がある。その天井の下に実際に行くと、その大きさに驚愕する。Great Roofと呼ばれるそのピッチでは、だんだんと傾斜の強くなるコーナークラックを50メートル一気に登る。本日2つ目の核心だ。到底フリークライミングで登れそうなグレードではなく、ギアに頼ったエイドクライミング(編注:ボルトなどの器具を岩壁に打ちこんで、安全確保しながら登ること)で登ることになる。じっくりと時間をかけ、クラックに差したマイクロカムが抜けないよう、慎重に高度を上げていく。

ルーフ状クラックのパートに差し掛かり、今度は水平に移動していく。ロープが水平になるということは、ここで落ちると横に振られる。最後のピースにロープをかけ、棚状の岩が掴めるまでテンショントラバース(編注:ロープにぶら下がりながら横方向に移動すること)をする。最後に簡単なフリークライミングのムーブをおこし、終了点につく。長いピッチだった。

今日の目的地まで、あと3ピッチ。西の空をオレンジ色の光が覆い始める。暗くなる前に到着したかったが、ヘッドライトの灯りで登ることは避けられなさそうであった。フレーク状の簡単なクラッククライミングを抜けた頃、いよいよヘッドライトが必要な暗さになった。グレードは簡単であるが、その分プロテクションが取れない。暗いおかげでフェイスに残されたハーケン(編注:金属製のくさび)を見落としそうになる。落ちても動荷重を受け止めてくれる保証はないが、気休め程度にカラビナを通し、ロープをクリップしておく。少し痺れるランナウトを乗り越え、20時手前に宿へ到着した。高度が上がると共に、水や食料を消費したおかげで荷揚げが楽になってきた。ユマーリング(編注:登高器を使ってロープを登ること)で上がってくる岡田よりも早く、ホールバッグが終了点に到着した。

今夜の寝床はCamp 5と呼ばれる棚状のテラス。1メートル×3メートルほどの大きさで、少し傾斜しているものの、そこそこ快適そうな寝床である。かかった時間も長かったが、今日は今までの行程で一番長い距離を登った一日だった。筋肉に疲労は感じないが、昨日に比べ空腹感がある。晩飯はさぞ美味しく感じようと、意気揚々とお湯を沸かし始めた。

今夜のメニューはアルファ米のドライカレーとマカロニチーズ。お湯を入れるも待ちきれず、少し堅いまま食べ始める。繰り返しにはなるが、山で食べる温かい晩飯より美味いものは、この惑星に存在しない。冷めないうちにささっと食べきり、寝袋に入って目を閉じる。

やはり傾斜が強く、寝袋の下に敷いたマットが滑り落ちていく。寝てる間に滑落するのは勘弁なので、支点のボルトからつないだロープを少し短くする。どうやら今夜は腰にテンションがかかったまま夜を明かさなければならないらしい。それでも体を休めて、最後の1日に備えなければいけない。2年前にアイスストームの中撤退した悪夢に比べれば、なんと順調なことか。明日も天候に問題はなさそうだ。