
メディアコムとは
慶大には、学部・研究科にとどまらず、ある分野に特化したユニークな研究所が数多く設置されている。メディア・コミュニケーション研究所(通称メディアコム)もその一つだ。
メディアコムでは、マスメディアやジャーナリズム、広告、PRに関する研究が行われており、毎年たくさんのOBOGが新聞社やテレビ局などのメディア業界、広告業界に就職している。メディアコムに入るためには、毎年11月末から12月初頭にかけて行われる入所試験を突破する必要があり、例年の倍率は1.5倍から2倍で推移している。入所試験の受験資格があるのは、翌年の4月から二年生、三年生になる塾生(受験当時は一年生と二年生)である。今回はその入所試験の対策と、メディアコムに設置されている8つのゼミのそれぞれの特徴について紹介する。これを読んでメディアコムに興味を持った方はぜひ入所を検討してみてはいかがだろうか。
入所試験について
入所試験は記述式の一次試験と、面接による二次試験に分かれている。一次試験を突破した者のみが、記述試験の1週間後に行われる二次試験を受験することができ、晴れて両方に合格した者だけがメディアコムに入ることができる。倍率は先述したように高くて2倍弱といったところだ。
一次試験はメディア学の基礎について問う筆記試験と、作文が出題される。
まず前者の対策だが、山腰教授を筆頭にメディアコムの教授陣が執筆にかかわっている参考書『入門メディア・コミュニケーション』は必読といえる。この本はメディア学を学ぶ上で必須となる基礎知識が分かりやすい知識と共にまとめられている。何度も何度も読み返して、重要な単語の意味を何も見ることなく答えられるようになれば、試験本番も怖くないことだろう。また時事に絡めた問題も、例年少しではあるが出題されている。日頃から積極的にニュースを見るなどして、世の中の動きへの感度を高めておこう。
例年の試験問題の形式だが、10行程度の記述問題と記号の穴埋め、そして正誤判定問題だ。
具体的な配点は非公表だが、内容的にも記述問題の配点が一番大きいと推測される。どんな内容の記述が出題されてもいいように、参考書を読んでいるときから、載っている単語や事象について言語化できるようにしておこう。それができていれば穴埋めや正誤判定は余裕で答えられるだろう。
毎年一次試験では問題と同時に作文が出題される。お題の熟語(25年度は「自由」、24年度は「嫉妬」、23年度は「成熟」)に沿ったエッセイを400文字以内で記述する。あまりに自由な形式なうえに採点基準を推測することも困難なため、僭越ながら筆者が昨年度の試験の答案を手元にある下書きのメモを参考に再現した。概ね、ほぼ同じような文を回答したと思う。「自由」と「美」の関係について論述した。
ヒトは社会に属することで、様々な制約やしがらみを背負う。これは、アリストテレスが言う「ポリス的動物」としての宿命であり、仏教の「浮世(憂き世)」という概念にも通じる。この不自由さが、時に創造性や芸術性を抑圧しているように思われる。
だが、本当に価値ある創造は、完全な自由から生まれるわけではない。むしろ、制約を乗り越えようとする奮闘や努力の中からこそ、独創的なエネルギーが生まれるのだ。しがらみは、単なる足枷ではなく、それを突破しようとする意志を育む原動力となり得る。
ヒトは、あらゆる制約から完全に解放されることはない。しかし、その不可能な理想を追い求め、自由を希求する姿こそが、ヒトの心を揺さぶり、感動的な「美」を生み出す。
完全な自由は、手の届かない理想かもしれない。しかし、その理想を追い求める精神こそが、我々の人生を豊かにする「真の美」なのだ。(374文字)
このような謎めいたポエム調の拙文をお見せするのも恥ずかしい限りだが、参考になれば幸いである。
一次試験の過去問はメディアコムのホームページに過去三年分が掲載されている。直前期に知識の整理や確認問題としてしっかりと演習しておくことをお勧めする。特に作文は書いてみて勝手を知ることが非常に大事だと思うので、一度やってみることをお勧めする。
二次試験はメディアコムの教授二名との面接だ。そこで問われる内容は教授によって多岐にわたる。筆者自身の経験を述べると、まずメディアコムを志望した動機を問われ、その後は私が塾生新聞会に所属していることに話題が向いた。それまでに行っていた記者経験について話し、それに関連する質問に答えた。その後ニュースで関心がある分野を問われ、国際政治に強い関心があることを伝えると、一番関心がある国際ニュースについてたずねられた。当時、シリア情勢が急展開をむかえており、関心があったためそう答え、アサド政権について知る限りのことを述べた。そして筆者が国際政治に興味を持った動機を問われて面接は終了した。時間はだいたい10分といったところだ。
筆者自身の面接はこのような流れであったが、周りの友人の話を聞くところによると、教授の組み合わせによって、かなり面接の内容は変わるようで、なかには圧迫面接ともいえるような鋭い質問を容赦なく浴びせてくる教授もいるようだ。教授二名との面接という形式で緊張してしまう人も多いと思うが、深呼吸をして冷静になり、一つ一つの質問に答えていこう。
各ゼミの紹介
メディアコムには8つのゼミが設置されており、研究生はいずれかのゼミに所属し、専門的な学習を行うこととなる。ゼミごとに行っている研究内容や、雰囲気なども異なっている。今回は8つのゼミについて現役のゼミ生にインタビューした。各々自分のやりたいことや雰囲気が合うゼミを探してみてほしい。
李光鎬ゼミ
李光鎬ゼミは、社会心理学の視点からメディアを捉えた研究を行っている。ゼミ生の数は40人弱で、メディアコムの中では2番目に規模の大きいゼミである。5~6人程度のグループに分かれて共同論文を執筆することが主な活動であり、近年はゼミ内で共通する大枠のテーマを決めたのち、グループごと更に焦点を絞ったテーマで論文を執筆している。2024年度の大枠のテーマは「恋愛」であり、各班はそこから派生させて「大学生の恋愛意識に対する推し活の影響」「マッチングアプリの消極的利用者に対する効果的なアプローチ」などについて論文を執筆していた。
女子が多く、ゼミはとても柔らかい雰囲気が特徴である。グループに分かれてのプレゼンテーションが多々あるため、ゼミ生同士は自然と距離が縮まりやすく、今年は学期中に複数回食事会が行われ、夏季休暇中には合宿以外にパーティーが開かれた。社会心理学に興味があり、ゼミで仲の良い友達を作りたい人にはうってつけのゼミのようだ。
李津娥ゼミ
李津娥ゼミは、広告に特化した専門ゼミで、卒業生で広告関連の進路に進む人も少なくない。50人ほどの学生が所属するメディコムでは最大のゼミで、個人ではなくグループでの課題解決を重視している。主な活動は、大会に向けた提案の作成だ。三田論もグループ単位で取り組み、広告に限らず幅広いテーマを自由に研究する。
ゼミ合宿は、今年は大阪万博を訪れるなど、ユニークな企画が特徴である。ゼミ全体の雰囲気は温かく、学生間の仲が良い。過去にはスノーボード合宿なども実施されており、学業だけでなく、ゼミ生同士の親睦を深める機会も多い。津娥ゼミは、実践的な学びと仲間との深い絆を両立できるゼミのようだ。
津田正太郎ゼミ
津田ゼミは、メディア社会学を幅広く学ぶことができる。研究テーマは非常に自由であり、学生の関心に応じて多岐にわたっている。昨年は沖縄の基地問題から小売事業とメディアの関係まで、一昨年はNFTアートや実名報道といった時事的なトピックまで、学生たちはそれぞれの得意分野を生かして研究を進めた。
誰でもすぐに馴染める雰囲気が特徴で、教員との距離も近い。個性豊かな学生たちが集まり、活発な議論が交わされている。津田ゼミは、学術的探求と多様な個性が共存する、刺激的で居心地の良い環境であるようだ。
山腰修三ゼミ
現代社会における報道のあり方や未来像を探求する山腰ゼミは、学生が主体的に学びを深める場である。今年度は、テキストである、ビル・コバチとトム・ローゼンスティールによる『ジャーナリストの条件』を通じてジャーナリズムの基本理念を深く掘り下げている。ゼミでは、学生が報告・ディスカッション担当に分かれ、活発な意見交換を行っている。
ゼミの雰囲気は和やかで、学生同士が互いの考えを引き出し合うディスカッションが中心だ。学年を越えた交流も盛んで、三田祭論文の共同研究プロジェクトや合宿、OBOGを招いたゲスト会など、多様なイベントを通じて絆を深めている。このゼミは、単なる知識の習得に留まらず、学生一人ひとりが能動的に関わりながら、ジャーナリズムの未来を考える力を養うことを目指している。
山本信人ゼミ
山本教授の指導の下、ゼミ生一人一人が興味関心のあるテーマについて個人研究を行っている。まず春学期に共通読書を行い基本的な思考法を体得した後、各々の個人研究に入っていく。各自の研究テーマについて、週替わりで意見をもらうそうだ。年度末に向けて一人一本論文を書く。山本ゼミはひたむきに一つのテーマに向き合うのにぴったりな場所であるようだ。
都倉武之ゼミ
都倉ゼミは、メディア関連の歴史を専門とし、2024年度は「箱根駅伝」をテーマに共同研究を行った。国民的スポーツとしての認知過程を時系列で追い、メディアの影響を多角的に分析。個人研究では、「駅伝言説」や「不出場の選択」など、幅広いテーマを探求した。慶應義塾の歴史を専門とする都倉教授の指導のもと、学生は深く掘り下げた研究に取り組んでいる。
烏谷昌幸ゼミ
烏谷ゼミは、文献の輪読を通じてトランプ政権やSNSと政治の関係など、現代の政治課題を深く掘り下げる。ゼミ生は担当者として文献の要約と問題提起を行い、主体的に議論に参加する。春学期の後半は、三田論文の個人研究に向けた構想に時間を割く。
2年生2名、3年生5名、4年生2名という少人数制のため、アットホームな雰囲気の中で活発な意見交換が行われている。ゲスト講師を招いた講義も開催され、専門的な知見に触れる機会も多い。このゼミは、学生が自らの興味に基づき、現代政治への理解を深めることを目指している。
水谷瑛嗣郎ゼミ
水谷ゼミは、情報法やメディアに関する最先端のテーマを扱っている。授業では論文発表やディスカッションに加え、SFプロトタイピングのワークショップといったユニークな授業を取り入れ、法やメディアの視点から未来の社会を考える機会を提供している。
少人数制のため、学生間だけでなく教員との距離も近いのが特徴だ。グループワークを通じて活発な意見交換が行われる一方で、雰囲気は堅苦しさがなく和気あいあいとしている。授業外でも教員が食事会を企画するなど、ゼミ生同士の仲が深まる機会が多いのも魅力の一つである。
(小野寺望)