くらしはデザインで溢れています。しかし、そのほとんどが一般的に「デザイン」としては認識されていません。生活の「当たり前」には、それぞれ意味があります。通年連載を通して、デザインの奥深さをのぞいてみましょう。

 

世界有数の都市、東京。その地下には13の路線が、網の目のように広がっている。初めて東京を訪れた人たちはもちろん、時には首都圏に暮らす我々でさえ迷ってしまう。

そんな時に役立つのが、駅や電車内に掲示してある路線図だ。中でも東京都交通局が発行する地下鉄路線図は、18年間ほとんど変わらない。作成したのは、デザイナーの大西幹治さんだ。

地下鉄路線図を制作する大西幹治さん

元々、子供向けの玩具のデザインを手がけていた大西さん。19年前、打ち合わせの隣席で偶然路線図のコンペティションがあることを知り、応募することを決意した。

父親が鉄道の運転手だった影響もあり、幼少期から鉄道が好きだった。「仕事ではなく趣味みたいな感覚。気楽に作った」。3週間弱、一人で黙々と作った路線図は見事採用された。

採用の決め手は何だったのか。当時、東京には12番目の地下鉄・大江戸線が全通しようとしていた。大きな特徴として、飯田橋、月島、六本木などを通って、新宿に再び戻る環状部分がある。環状線から東京の鉄道のシンボル・山手線を連想した大西さんは、大江戸線をデザインの基軸に置き、きれいな円形で描くことを着想した。そのこだわりが、新しく開業する大江戸線をPRしたい東京都交通局の願いと合致したのだった。




大江戸線の円形をはじめ、大西さんは見やすいデザインにこだわった。線の角度は水平、垂直、斜め45度しか用いていない。フォントは丸ゴシックで柔らかさを表現し、線の角も丸く加工した。なぜここまで意識したのか。それは路線図が公共物であることを強く意識していたからだ。

「路線図は小さい子供からお年寄りまで見る。だから親しみの持てる優しいデザインを求めた」。ユニバーサルデザインという言葉が今よりも浸透していなかった時代に、子供向けの商品を作っていた経験を路線図に応用することができた。完成から3年後のマイナーチェンジでは、線と線の間に白いすき間を入れた。色弱の人への配慮だ。

見やすさを追求した結果、地理的なゆがみは妥協せざるを得なかった。例えば、東京駅と新宿駅の中間に位置する駅は四ツ谷駅である。しかし路線図で見ると四ツ谷駅は、実際より西側に位置している。皇居の南東に地下鉄が集中しているためだ。




確かに地理的精度に問題はある。だが考えてみると、我々は路線図を見ながら歩くことはしない。地理的精度は求められていないのである。唯一例外として地理的要素が求められるのは、乗り換えの場面である。

蔵前駅は、大江戸線と浅草線が接続する駅だ。しかしホームは離れており、地下通路もない。そのため他の接続駅に比べ乗り換えに時間を要する。そこで、あえて囲い枠をそれぞれ独立させることで距離感を地図上で表すことに成功した。

路線図デザインの根本は変わらないものの、マイナーチェンジは続けている。08年には副都心線が開業、さらに羽田空港では新ターミナルの設置や国際化に伴い新駅が開業した。路線網が複雑化することによって、デザイン面で妥協しなければならないこともある。

東京は、間もなくオリンピックを迎えようとしている。「外国人観光客のために多言語の路線図を作成したい」と意気込んでいる。

東京を常に映し出してきた路線図。改めて、広げた地下鉄の地図を隅まで見てみると、シンプルなデザインに大西さんの強い愛を感じ取ることができるだろう。

 

(山本啓太)

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