教授の半⽣や研究の歩み、教授に⾄るまでの道のりを紹介する企画「学問のすゝめ〜教授インタビュー〜」。第2回は、知覚⼼理学を専⾨とし、実験を通して学ぶ⼼理学の授業を担当されている中野 泰志教授に研究分野やこれまでの歩みについて聞いた。
●誰もが同じ⾏動を取れるようにするための環境を分析する
──なぜ教授は、⼼理学、とりわけ実験⼼理学の道へ進まれたのですか?
幼い頃にイジメにあった経験があり、心理学を学べば、イジメに遭遇した人のカウンセリングができると思っていたからです。しかし、実際に心理学を学び始めたら、とても広くて奥深い学問であることがわかりました。特に、最初に心理学を教えてくださった先生のご専門が実験心理学だったこともあり、実験心理学の魅力にとりつかれました。
──実際に⼼理学を学ばれて、元のイメージと違ったと感じたことはありますか
私は、⼼理学という学問はとても哲学的で、どこか神秘的なものだと思っていました。しかし、⼼理学は、第三者が観察することが困難な「心」ではなく、客観的に観察できる「行動(Behavior)」を扱う学問であることを知りました。また、個々の⾏動を「個人・個体(Person)」と「環境(Environment)」との関数関係として捉え、実験等を通して科学的に研究することが可能な学問であることがわかりました。クルト・レヴィンという心理学者は、「B=f(P, E)」と表現したわけですが、とてもシンプルな関数式で整理できることは、当時の私にとってとても意外だったのと同時に、⾮常に⾯⽩いと感じられました。
また、⼼理学を学びはじめて、統計学を駆使して計量的な分析を行うことが多いという点にも驚きました。現在では、統計処理を行うためのソフトやアプリ等が数多くありますが、私が学んだ頃は、自分で計算する必要がありました。私は、高校時代、理系クラスだったので、自分で統計処理プログラムを作成することは楽しい経験でした。
──教授は障害者やバリアフリーに関する研究、教育も専⾨にされていますが、それはなぜですか?
修士課程を修了した後、先輩が働いていた「国⽴特別⽀援教育総合研究所」(以下、研究所)に就職したからです。心理学は、個々の「⾏動」は、その「個体」とその個体を取り巻く「環境」との関係で決まると考えます。本来、様々な「個体」を取り扱う必要があるわけですが、健康で若い人間を想定した研究が多いのです。私は天邪鬼なので、「個体」の多様性、つまり「個人差」に関心を持ちました。そして、障害のある「個体」が、他の「個体」と同じように「行動」するためには、どんな「環境」が必要なのかを明らかにしたいと考え、障害のある人を対象に、バリアフリーに関する研究に取り組んで来たわけです。
●学問と実社会をつなぐ
──研究活動で、影響を受けた⼈や印象に残っていることは何ですか?
障害のある人達との出会いが、私の研究に大きな影響を及ぼしています。私が配属された研究部の部長は視覚障害者だったのですが、当事者の視点を大切にするように教えてくださいました。大学院で現象学と生態学に基づくアプローチを学んだ私にとって、この教えは、ストンと胸に落ちました。研究所では、障害のある子供達の相談にも対応していたのですが、彼らの悩みは、大学で学んだ知識や技術だけでは解決策を見いだせない複雑な課題ばかりで、自分の無力さに落胆しました。しかし、「B=f(P, E)」という関係式を思い出し、障害のある子供達(P)が、他の子供達と同じように行動できる(B)環境(E)を整備すれば良いのだと考えられるようになり、現実社会の問題解決にも資することができるようになりました。例えば、駅サイン等の白黒反転表示やUDフォントの開発は、障害のある子供達の環境整備に関する研究から始まり、社会実装されたケースです。
──経済学部の教授になられたきっかけは
研究所は国立だったので、自由な研究環境が欲しいと思っていた時に、慶大の経済学部で総合教育科目の⼼理学を教えていた先⽣が退職されたのです。総合教育科目では、ゼミを担当出来ないし、経済学部の学生に教えた経験はなかったので不安でしたが、自由な環境が欲しくて転職を決意しました。心理学と経済学は非常に関連が深いし、統計学を分析ツールとして使う点も共通しています。また、最近は、行動経済学や実験経済学に関心のある学生が増えてきたので、経済学部で良かったと思っています。
●好奇⼼を持って挑戦して
──実験を通して学ぶ⼼理学が⽇吉で開講されるのは今年度が最後だと伺ったが、今後のご活動についてはどのようにお考えですか
この科目は、私が立ち上げたので、とても思い入れがありますが、来年度で定年退職なので、一旦、休講になる予定です。自分自身、実験が面白くて心理学を学んできたので、退職する前に、この科目の意義や重要性を同僚に伝え続けたいと思います。
私⾃⾝の今後についてはまだ何も決まっていませんが、講義を通して学生とかかわることは好きなので、非常勤講師を続けたいと思っています。また、取り組みたい研究はたくさんあるので、どこかで研究活動も継続したいと考えています。
──塾⽣へのメッセージをお願いいたします
今、コスパやタイパが求められる世の中ですし、失敗や回り道は倦厭されがちです。しかし、短時間で簡単に成果が出せる活動って、誰でも出来ることですよね。塾⽣の皆さんには、失敗しても、遠回りしても構わないという気持ちで、自分でなければ出来ないことにチャレンジし続けて欲しいと思います。
(野本一熙)





