今年、興行収入15億円を超えるヒットとなった映画『今夜、世界からこの恋が消えても』。記憶障害を抱えたヒロイン・日野真織(福本莉子)と無気力な青年・神谷透(道枝駿佑)の疑似恋愛を通じた成長や変化を描いた今作は多くの人の心を震わせた。

その脚本を月川翔さんとともに手がけたのが今春、慶大の総合政策学部を卒業した松本花奈さん。幼少期から俳優として活動し、現在は映画監督として活躍している。今回は松本さんのSFCでの学生生活やキャリアに迫った。

 

慶大での学び~SFCで得た作品づくりの基盤~

――高校生以前から俳優・監督としてご活躍でしたが、大学進学ならびに慶大進学を決めた理由を教えてください。

高校3年生になって卒業後の進路を考えた時に、もっとインプットをしたい、そのために大学へ行きたい、と思うようになりました。映像制作をする上で重要なことの一つに、「多様な価値観を持っていること」があると私は考えていて、そのためにはたくさんインプットをして、幅広い知識を吸収できる環境に身を置かなければいけないと感じていました。

従兄弟が慶應に通っていたので、元々学校生活の話はちょくちょく聞いていて、その中でも特にSFCの多様性のある校風に憧れて、進学を決めました。

 

――所属されていた総合政策学部(SFC)といえば、学年ごとの必修科目が少なく、履修する授業も自分の興味と合わせて決められるのが特徴だと思います。印象に残っている授業や研究会について、お聞かせください。

SFCには、講義名を聞いただけでは一体どんな授業が行われるのか想像がつかないような、非常にユニークな講義が多くありました。特に印象に残っているのは、脇田教授の「芸術と科学」です。私の記憶が正しければ、最終課題がとにかく自由で、本当に何でも良かったのです(笑)。私は教授にラブレターを書きましたが、動画を撮っている人や、消えるペン(?)で単位への想いを綴っている人や…さまざまでした。

 

研究会は、2年生の時にすずかんゼミ(鈴木寛研究会)、3・4年生の時に新保研(新保史生研究会)に所属していました。どちらも共通して、同じ研究会に所属している仲間たちは皆、研究対象がバラバラで、定期的に自分の研究内容を発表して意見交換をする時間があり、とても良い刺激を受けました。「自分の“好き”を社会に役立てる」「“好き”を仕事にする」という、一見夢物語にも捉えられるようなことを卒業後、着実に実行されている先輩方の姿を見て、意欲が湧きました。

 

――松本さんが手がけられた作品でも大学生世代を描いた作品がありますが、ご自身はどのような大学生活を送られましたか?

三田キャンパスでも受けたい講義があったので、2年生以降はSFCと三田キャンパスを行き来する生活を送っていました。SFCではメディア(図書室)が非常に落ち着く空間だったので、よくそこで課題をやったり、本を読んだりしていました。

学外では3、4年で所属していた新保研が法律系のゼミだったこともあり、時々裁判の傍聴をしに、東京地裁へ行っていました。

 

――学生時代の経験は作品づくりにどのように活きているのでしょうか?

先ほどもお話ししたように裁判の傍聴をしに行っていたのですが、何が善で何が悪なのか、何が真実で何が嘘なのか、分からなくなる瞬間がありました。それはもちろん法廷の中だけでなく、日常生活の些細な瞬間にもあるわけで……。物事を多面的に捉えた、新しい価値観を提示できるような作品づくりをしたいと思うようになりました。

 

――慶大卒のスタッフ・出演者と作品作りをする機会も多いかと思います。慶大に進学してよかったと思ったことやエピソードがありましたら、教えてください。

きっとどの学校出身の方にも共通して言えることだとは思いますが、やはり同じ慶大卒だと分かると、親近感が湧いて、一気に距離感が縮まる感じがします。SFCの場合は、「カモ池」「サブウェイ」「オメガ」で通じ合えて、盛り上がれるのが嬉しいです。

 

――まもなく三田祭が開幕します。慶大の文化祭での思い出はありますか?

SFCで開催されていた七夕祭で、花火が打ちあがっていたことが思い出深いです。

 

映画監督として~誰とでもフラットな関係でいること~

――まず、エンターテイメントを作るという仕事の魅力はどこにありますか?

多くの人が関わって作られていくからこそ、最終的な作品の完成形は、出来上がるまで誰にも分からないところに魅力的を感じます。

 

――幼少期から俳優としてもご活躍でしたが、俳優としての経験があってよかったことを教えてください

幼少期の活動経験があったからこそ、映像制作への興味が出てきました。自分がやっていて楽しい、と思えることに早い段階で出会えたのは良かったなと思います。

 

――映画『今夜、世界からこの恋が消えても』では原作とは異なった構成で物語が描かれていたことが印象的でした。オリジナル作品と原作がある作品を制作するそれぞれの難しさや違いについてお聞かせください。

『今夜、世界からこの恋が消えても』は月川翔さんと共同で脚本を書きました。原作のある作品の場合は、既に小説なり漫画なりで完成している作品を、映画またはドラマにする意味について考え、映像でしか表現できないことを描きたいと思っています。一方で、オリジナル作品の場合は、自分にしか表現できないことを描きたいと思っています。

 

――先日放送されたドラマ「超特急、地球を救え。」では、今年新メンバー加入・再出発となった超特急の裏側を「2088年の地球を救う」という現実離れしたシチュエーションから描いた作品として印象的でした。監督・脚本として参加されていましたが、作品のアイデアはどこからわいてきたのでしょうか?

「超特急、地球を救え。」はオリジナル作品だったので、プロデューサー陣と共に、設定を一から作り上げていきました。SF要素を加えることで、超特急を知らない方にも興味を持って頂けるような、毎話でつながりがあるような工夫を取り入れました。

また、主題歌の超特急の楽曲「宇宙ドライブ」から、SFの着想は得たりもしました。

 

――現実で起こっている「新メンバー加入」をテーマにした作品であるという部分が非常に難しかったのではないかと感じたのですが、どのようなことを心がけましたか?

今回はモキュメンタリードラマ(フィクションをドキュメンタリー映像のように演出したドラマ)だったので、出来るだけメンバーの皆さんのリアルな関係性だったり、口調を取り入れるべきだと考えていました。そのため、脚本を作るに当たって何度かメンバーの皆さんとお話させて頂く機会を頂きました。

「一番寝相が悪いのは誰?」「ファミレスに行ったら、何頼む?」といった話から、新メンバーを募集することになった経緯、これから9人で挑戦してみたいことなど、色々な質問を投げかける中で、等身大の9人の姿が見えてきました。

 

――映画制作やドラマ制作の現場では、年上のキャストやスタッフとともに仕事をする機会が多いと思います。人と関わること、コミュニケーションをするうえで大切にしていることはありますか。

私は創作の場において、年齢や性別は関係ないと思っているので、誰とでもフラットな関係でいられるよう心がけています。

 

――今後、作品作りで扱ってみたいテーマやお仕事を通じて成し遂げたいことがありましたらお聞かせください。

今は、ミステリーに興味があります。

 

慶大生へのメッセージ

――最後に、これから社会に出る慶大生、またエンタメ業界での活躍を目指す慶大生に向けてメッセージをお願いします

何か選択に悩んだ時は、「誠実かどうか」を基準に考えてみてほしいです。これまでもあったと思いますが……理不尽なこと、ムカつくこと、あいつズルしてんじゃん、みたいなことってこれからたくさんあると思います。でも周りがどうであれ、自分自身は誠実であり続けること。綺麗事に聞こえるかもしれないけれど、それが大切だと私は信じています。

 

【プロフィール】

松本花奈(まつもと・はな)さん 映画監督

1998年1月24日生まれ(24歳)

2015年、史上最年少(16歳)で初の長編監督作品『真夏の夢』がゆうばり国際ファンタスティック映画祭に正式出品。

2022年3月 慶大 総合政策学部卒業

 

近年では、映画『明け方の若者たち』(2022年、監督)、映画・ドラマ『ホリミヤ』(2020年、監督)、ドラマ「超特急、地球を救え。」(2022年、監督・脚本)、岩田剛典MV「言えない」(2022年)などを手がけた。

 

 

(加藤萌恵)