【特集】慶大出身の社会起業家~映画監督 柳 明菜 氏

 『映画監督』柳明菜さんが誕生したのは06年春。SFCの井上英之研究会の合宿で、八丈島を訪れたときのことだ。そこで先生から与えられた課題は、『過疎化の進む八丈島の島興しプランを考えること』――。八丈島の美しさに感激した柳さんは、ここを舞台に映画を作ることを決意する。

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 「とりあえず手当たり次第に会った人にお願いしました。何か協力してください、と」

 初期メンバーは4人。6月に映画製作の合同会社「ザ・ウィロウズ」を立ち上げたあとは、とにかく脚本を書き、資金集めに奔走した。現地の八丈町商工会のバックアップを得て、国の助成金をもらい、社会人を相手にプレゼンする日々。何千万円にも膨らむ製作の予算、それに合わせ書き直す脚本。毎日が不安との戦いだった。

 それでも途中でやめなかったのは、八丈の島民や製作スタッフの応援、何よりも主演の舞子役を演じる妹の裕美さんのおかげでもあった。

 「裕美には最初は断られましたが、どうにかお願いしました。彼女がそばで励ましてくれたことが大きかったです」

 そして07年4月、クランクイン。総勢50人以上で八丈島に入った。食事は現地のボランティアの人に用意してもらい、宿泊所も空き家を借りた。島中の人達を巻き込んでの壮大なロケは、25日間に及んだ。

 ロケのクライマックスは、それまで休止状態にあった八丈祭の復活開催のシーンである。伝統的な八丈太鼓を使った音楽や踊りのステージ、風景を彩る絵画や屋台――。八丈祭は、島の人達が準備段階から参加して一緒に作り上げたもので、撮影と合わせて5月5日に実際に開催された。

 さらに、この撮影を機に復活した八丈祭は、今後も毎年5月5日に開催されることになっている。柳監督の踏み出した一歩が、次々と周りの人と島民を巻き込み、連鎖的に行動を引き起こした。まさに、「映画による地域振興」のモデルといえる。

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 そんな柳さん、意外にも、自分のことを「映画監督」とは考えていない。「肩書きに縛られず、自分がやりたいことに挑戦していく。そのアプローチ方法は、幅広く持っていたい」という。

 その言葉の通り、この夏、京都の二寧坂に「六館堂(Rock&Do)」というブランド施設をオープンするという。「六館堂」という名前には、六感を活用する、感動する、固定概念を打ち破り、行動する、との思いを込めた。そのフロアーは3つある。地下1階は「カフェ」、1階は「オリジナルブランドショップ(お土産)」。2階は「シアタースペース」――。2階は、映画だけでなく写真や絵画などの展示会場としても考えている。「あらゆる可能性の詰まった空間にしたい」と彼女は話す。

 「行動してから考える」。ベンチャー精神に溢れ、次々と「挑戦」を重ねていく柳さんから、今後も目が離せない。
 
 
▼映画『今日という日が最後なら、』
 柳明菜第一回監督作品。都会と島……異なる環境で離れて育った双子の姉妹が20歳の誕生日に再会する。八丈島を舞台に、家族の絆、病気、島のお祭りを通して、〝今と向き合い生きること〟を学んでいく。大自然と人のぬくもりに包まれながら、少女から大人へと成長する物語。
 6月28日からシネマート六本木で上映。全国各地でも公開予定。
 
 

高校在学中にテレビ東京 ASAYAN女流カメラマンコンテストで優勝。03年慶應義塾大学環境情報学部に入学、女優、舞台活動、映画「ひきもどし」のカメラを担当。05年秋、社会起業に出会い、セルフプロデュースを決意。翌春、映画「今日という日が最後なら、」の制作を志し、映画制作の合同会社The Willowsを設立。07年夏、初監督作品を完成させる。