企画

《読書のすゝめ》海猫宿舎 長野まゆみ

『海猫宿舎』長野まゆみ(光文社)

「妙」ということばがある。「造化の妙」なんて具合に、「とても良い」という意味で使われる。今回紹介する本は、一言で表すなら「言葉の妙」。文章を味わうために、私はこの本を手に取るのだ。

「海猫宿舎」は、病気を患った少年たちが暮らす小さな施設。岬のすぐ近くにあるので、いつも海猫の啼き声が聴こえてくる。ここで生活する少年たちは「太陽光アレルギイ」で、昼間に外出することが許されていない。この物語を包み込むのは、澄んだ朝の空気と、静かな夜闇だ。

特別なことは起こらない。人が死ぬことも、難解な事件が起きることもない。それでもページをめくる手が止まらないのは、この少年たちがひどく愛おしいからだ。海猫宿舎に来たばかりのリリンは、みんなに慕われるユンクに嫉妬している。ユンクはリリンの意地悪な言葉に傷ついている。

いかにも少年らしい悩みは、作者・長野まゆみの幻想的な表現に彩られ輝きだす。岬はずれの燈台。片脚の海猫。青い壜。透き通るようなモチーフが物語に寄り添い、少年たちの葛藤はゆるゆるとほどけてゆく。

「少年たちはどちらからともなく手をつなぎ、長いあいだ黙って歩きました。雪は、やわらかい絹をひろげたように淡く積もり、ところどころ地面が透けています。表面に小さな光がまたたきます。結晶のひとつひとつが、わずかな光をとらえて耀くのです」

繊細な少年たちのこころを、うつくしい筆致で綴る本作。疲れた夜、あたたかいショコラを片手に読めたらどんなに幸せだろう。

(神谷珠美)

*  *  *  *  *

日吉図書館・1F特設コーナーにて、「海猫宿舎」を展示中! 貸し出しもできます。

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