2026年は60年に一度の「丙午(ひのえうま)」。「丙午生まれの女性は気性が激しくなる」という迷信から、60年前の1966年には記録的な出生数減少を引き起こした。この現象の裏には何があったのだろうか。
◯そもそも丙午とは?
丙午とは、十干の「丙」と十二支の「午」を組み合わせた干支の一つである。中国の陰陽五行思想においては、丙は陰陽のうち「陽」に、五行のうち「火」に分類される。また、午も丙と同じく陽・火に分類される。このように同じ五行が重なった状態のことを「比和」と呼び、互いの気を高め合う。火と火が重なる丙午は、極めて強いエネルギーを持ち、厄年になると言われてきた。
◯迷信はどこから?「八百屋お七」の伝説
「丙午=厄年」とする説は中国にも存在していたが、「丙午生まれの女性は気性が荒くなる」という迷信は日本独自のもの。そもそもこの迷信はどのように生まれたのだろうか。
迷信が生まれたのは江戸時代。きっかけは、1683年の放火事件で処刑された「八百屋お七」の存在だった。天和の大火で家を失ったお七は、避難先の寺で恋に落ちたが、家が再建されたことで寺から離れることに。彼女はもう一度家が燃えればまた寺で暮らせると考え、恋仲の相手に再会するべく自宅に火を放った。この事件の数年後、井原西鶴が浮世草子『好色五人女』内でお七を取り上げたことで、彼女の存在は一躍有名になった。その後、人形浄瑠璃などでお七の事件が再現される中で、「八百屋のお七は1666年(つまり丙午)生まれ」という設定が付け加えられていった。彼女のセンセーショナルな事件と、もともと火のイメージが強かった丙午という年が重なり、次第に「丙午生まれの女性は気性が荒く、夫を食い殺す」という迷信が生まれていったと言われる。
◯迷信は社会現象に 前回の丙午・1966年では…
現在では、丙午生まれの女性にまつわる言説には全く根拠がなく、信じるに値しないと判明している。しかし、60年前―−ちょうど前回の丙午にあたる1966年には、この迷信がもととされる記録的な出生数低下が起こった。当時の厚生省(現・厚生労働省)の統計によれば、1966年の出生数は約136万人。前年の約182万人から約25%、数にして約46万人も減少したのである。合計特殊出生率も1.58まで落ち込み、これは1989年の「1.57ショック」まで、戦後最低の記録として長く残ることとなった。その背景には、丙午生まれ女性に起こった悲劇の記憶と、簡単な避妊方法の普及がある。1966年よりさらに60年前、1906年の丙午に生まれた女性は、「丙午生まれが原因で結婚できなかった」という経験をすることがしばしばあり、中には自殺する者もいた。この悲劇の記憶から、結婚の際不利になるリスクを心配した親たちは避妊を試みたという。翌年の1967年には出生数が約194万人と再び急増したことからも、1966年の出生数激減は親たちの計画出産によるものだと推測される。
◯今年も丙午 どうなる2026年
民俗学、人口学など様々な方向から検証されてきた丙午が、いよいよ60年ぶりに再来する。1906年・1966年には多大な影響が見受けられたが、今日においては科学的根拠がないことが分かっており、丙午が災いを引き起こすと信じられてはいない。そもそも丙午の迷信を知らない人も増えているため、「2026年には出生数減少は起こらない」というのが通説だ。しかし、丙午の迷信といういわば「フェイクニュース」によって丙午生まれの女性が不当に扱われたという事実からは、現代の我々も学べることがあるのではないだろうか。SNSの発達により、些細な情報が拡散されやすくなった今、「丙午の迷信」のように無根拠な噂が広まる可能性は至る所にある。悲劇を繰り返さないためにも、目の前の情報との向き合い方が問われる。
(安田理子)