
慶應には通信制課程があるのをご存知だろうか。社会人として働きながら大学生と同じように授業を受け、単位を取ることは容易ではない。
しかし、その苦難を乗り越えた先に多くの学びや成長があるだろう。
第一回のアンケートに引き続き、第二回目となる今回は、薬剤師として働きながら通信制に通う慶應生に話を聞いた。
・薬剤師として働いている中で、なぜ法学やPR、メディアコミュニケーションを学ぼうと思ったのですか。
―現在、薬剤師の業務のほかに横浜市にある「栄区薬剤師会」という業界団体に所属しています。そこでは講演会を行う際に行政と連携したり、教育委員会や保健所の方々と話し合ったりする機会が多くあります。サイエンス系について学ぶ理系と、行政に携わる六法、行政法、憲法など市民を守るための合理的なプロセスについて思考する文系とでは、同じ方向性を目指しているのにもかかわらず、思考のプロセスが異なるために話が嚙み合わないということがありました。そこで理系の知識に加えて、法学の知識体系も得ることができれば外国語の翻訳者のように双方の橋渡しができるのではないかと考えました。
・実際に入学してみてどうでしたか?
―全てが想像以上でした。私自身理系だったこともあり、レポートの書き方や難解な日本語に苦労しました。しかし、それをこなしていくうちに知識が付き行政の方との会話が弾むようになり、講演の依頼もいただけるようになりました。
また、4000字のレポートを繰り返し書いていく中で文章力が鍛えられ、横浜市の薬剤師会の広報を担当したり、様々な案件をいただけたりするなど活動の幅が広がりました。
・「薬学」という理系の学問から、「法学」という文系の学問の勉強をするにあたって、文理を横断するコツがあれば教えてください。
―頭で考えてどうにかしたというよりは、突撃して、慣れていったような感じですね。
やはり入学した当初はレポートの書き方が異なることに困惑しました。法学部の場合、判例や六法、学説を調べて、そこから考えることが多いのですが、これは医療にはない考え方になります。例えば医療の場合、病気の症状に対して決められた薬を処方し、そこからさらに新たな疾患の発生を防ぐ、といったように物事を繋げて考えていきます。
このように、二者は全く考え方が異なるため困りました。その際に慶應通信教育課程の公認学習団体である慶友会の方々に助けられました。慶友会は答えではなく考え方そのものを教えてくれます。実際に私は法学部の学習作法を学ぶのに適した本をお勧めしてもらいました。結局は「継続は力なり」ですね。最初は本当にうまくいくのかという不安もありましたが、最近はできるようになってきました。キャリアを作る方向性としては、一般的には今自分が持つ軸(コア)を進化させて、知識の基軸に対して知識を強化するという方法があります。僕は少し独特で、「薬学の軸」と「法学(メディアコミュニケーション)の軸」の二つを用意しています。この二つの全く異なる領域の物を、いわば化学反応のようなものを起こすことで新たな価値を作っています。二者はまったく違うものですが、どちらにも良さがあると思っています。
・慶大を志望した理由を教えてください。
―慶應法学部通信課程の難しさをこなすことが、自身の業務上の難しい課題の達成に寄与するのではないかと考えました。また、法学について一通り学ぶことができるだけなく、法や政治学の学びを通じて行政や政府とのつながりについて学ぶことができることや、メディア教育センターをはじめとして、メディアやコミュニケーションに対する教育のカリキュラムが整備されていることも魅力を感じた点の一つです。薬剤師会で仕事をする中で、如何にして組織率を上げ、作成した文章を読んでもらうか、地域との信頼関係を築くことができる情報発信の方法とは何かといった課題に直面しています。このような課題に対するヒントになりそうなものがシラバスに書かれており、特に慶應はそれが輝いていました。
・通信制を検討した時期はいつ頃ですか?
―法学部を志望したのは2010年頃です。しかし当時は薬剤師国家試験の勉強でそれどころではありませんでした。仕事が落ち着き、具体的に動き出したのが2018年から2019年頃です。2019年の冬に5大学合同の通信制説明会に参加し、シラバスやプログラムをみて通信制に通うことを決めました。
私の周りの薬剤師では、「学びなおし」というと薬学部や医学部の大学院、歯科医に転向する人が多くいました。また、同時に通信制に通っている人はいませんでした。理系の職種に携わっている人間が文系の学問を学ぶことに対する疑問、卒業できるのかという不安、費用面の問題、自身の生活を制限する必要性があることといった不安要素がかなり大きかったです。ですが、せっかく学ぶのなら得た知識を実際の仕事に還元しながら、自分で選択した道を突き進んでいこうという思いでやっています。
・仕事と学業を両立するために、どのように時間を確保し工夫されていますか?
―1日の中で使える時間を棚卸しし、長さや属性まで整理してどの学習ができるかを計画しています。例えば通勤時間では、立っているときは教科書を読み印をつけ、座れたときは折り畳み式キーボードで構想をメモします。昼食も10分程度で済ませ、残りの時間を学習に回します。参考文献は隙間時間に調べ、時には出勤後に三田キャンパスの図書館で内容を頭に叩き込むこともあります。
また、持続可能性を重視し、家事を効率化して家族に過度な負担がかからないよう配慮しています。休日はほとんど学習に使えないため、夜の21時から2時の限られた時間を活用します。課題は逆算してシフト管理のように計画し、万一できなかった場合の対応も事前に考えます。こうした工夫を続けることで、知識の幅やアイデアの引き出しが広がったと実感していますし、慶應が学びの門戸を開いてくれたことに深く感謝しています。
・授業の満足度はどのくらいですか?
―満点以上です。慶大に入学する以前に卒業した大学の同窓会の運営経験を通し、組織運営やルール作りの難しさ、業界団体の課題に直面していましたが、先人の知恵、メディア論はその答えを明示してくれていると思います。実学に重きを置いている慶應だからこそできることであり、今を生きるための知恵を知ることができています。
・周りの通信の方との交流はありますか?
―私は通信教育課程の公認学習団体のひとつである湘南慶友会という団体に所属しています。湘南慶友会での月一回の学習会では出したトピックに対し会員が互いに意見を出していくといった活動をしています。仕事と学習の両立方法をシェアすることで互いに切磋琢磨でき、日々のタスクに押しつぶされそうになったときは、同じ逆境に立たされても立ち上がっている仲間を見て勇気づけられています。
・湘南慶友会ならではの強みについて教えてください。
―湘南慶友会の強みの一つに、職業や地域に左右されないオンラインの例会があります。例えば、私が勤務する薬局業界では、土曜日は患者様のために開局していることが多く、週末開催の勉強会に参加するのが難しいという現実があります。同じような悩みを抱える社会人学生は少なくありません。
そこで私たちは、誰もが参加しやすい形を目指してオンラインでの学習会を始めました。この取り組みが実を結び、当初は首都圏中心だった活動が、今では北海道から九州まで、約200名が参加する全国規模の会へと成長しました。職業や場所を問わず誰でも参加できることが湘南慶應会の強みです。
・様々な職業や年齢層の方が湘南慶友会にいらっしゃるとお伺いしましたが、会員同士の交流はどのようなものですか?
―特に異業種交流の面白さが、この会の醍醐味だと思います。私自身は薬剤師ですが、慶友会には行政書士や経営コンサルタントなど、多種多様なバックグラウンドを持つ方が集まっています。全く異なる業界の方々と話すと、自分では思いもよらない視点や知識に触れることができ、毎回大きな刺激を受けています。
また、同じテーマで学んでも、それぞれの知識や経験が違うため、アウトプットの形が異なる場面が多々あります。自分とは違う意見や考え方に触れ、議論を重ねることで、学んだ知識をより広く、深く理解することができます。こうした経験を通じて、「世の中には多様な知識の引き出しがある」と実感できますし、ここで得た幅広い知見が、後に自分の仕事や生活で直面した問題を解決する上で、思わぬ形で役立っています。
・仕事や家庭との両立に不安を感じ、通信教育課程への一歩を踏み出せない方へメッセージをお願いします。
―社会人として学び続けることは、時間的にも精神的にも決して楽な道ではありません。しかし、その苦労を乗り越えた先には、計り知れない価値があると断言できます。
慶應義塾大学の通信教育課程で卒業資格を得られることにも価値はありますが、大きく強調したいのは慶應で学んで得られる知識です。ここで身につけた知識は、人生で直面する様々な困難や課題を解決するための力となってくれます。一見、自分の仕事とは関係ないように思える学問でも、そこで培った思考力や、文献を読み解く力は、必ずどこかで助けになるはずです。
確かに、仕事や生活と両立することに途方もない怖さを感じる気持ちはよく分かります。ですが、もし人生で何か悩みや解決したい問題を抱えていて、そのために知を求めているのであれば、この課程は必ず力になってくれます。生半可な覚悟で乗り越えられる道ではありませんが、ここで得られる知識は、人生をより豊かにする一生の財産となるはずです。
・今後の展望を教えてください。
―薬剤師の世界では法学、コミュニケーション論、PRといった分野がまだ伸び代がある段階です。通信制で得た知識で今後この分野の発展をサポートしていきたいです。慶大での学びを生かしてPRイベントや業界団体での広報の際にKPIをたて、読者を増やす工夫を実践し業界を盛り上げていきたいと思っています。今後の過程としては、業界内で希少な知識を得ることができたものの、今までにない人材になってしまったため、自分の貢献できる道を切り開いていきたいと考えます。