シリーズ 〜決断のとき〜 第一回 船橋力氏

 けつだん【決断】1.きっぱりときめること。2.善悪・正邪の裁決をすること(広辞苑第5版より)。「よし、あの子に告白しよう」。これもれっきとした「決断」である。だが人生の方向を鮮やかに転じさせ、人を成功に導いてくれる決断は、ざらにあるわけではない。今月から数回に渡り、重大な決断に成功した人々を追っていく。第1回目は株式会社ウィル・シード社長、船橋力氏だ。

(宮島昇平)

 00年、船橋力さんは友人とともに、企業・学校両方のフィールドに体感型教育プログラムの開発・提供などを行う株式会社ウィル・シードを設立した。初年度から黒字をあげ、今では43名の従業員を抱える。

 船橋さんは高校時代を両親の仕事の関係で、ブラジルで過ごした。インターナショナルスクールではあったが、日本人初の生徒会長に就任するなどの活躍を見せた。しかし、何よりもディベートや体験学習など「考えさせる」教育が新鮮で刺激的だったという。そして、現地で日本人が日本についてきちんと説明できないことや、日本人同士でも社会の問題について真面目な話をできない風潮に、船橋さんは違和感を覚えた。

 「日本の学校教育では体験から考えさせることは少ない。海外と比べると日本の子供はチームワークが優れている。この良さを生かしながら、自己主張やディスカッションが苦手という面を補う教育をしたかったんです」

 ビジネスマンとして尊敬する知人にそんな想い話したところ、「そこまでやりたいなら自分でやりなさい」と一喝された。起業という道があるのか。当時伊藤忠に勤務していた船橋さんは、ハッとしたという。

 ただ、船橋さんの決断が容易とは思えない。伊藤忠というブランド力もあり、安定した企業をやめる時に不安はなかったのだろうか。

 「当時まだ転職や起業をする人は珍しかった。せっかく起業という道が見えたにも関わらず、いつ辞表を出せば良いかわからなかった」

 新しいビジネスのアイディアも次々と浮かんでいく中で、もどかしい日々が続いた。

 そこにニューヨーク転勤という話が舞い込んできた。商社マンにとってニューヨーク転勤は悪くない話。船橋さんはまさに「岐路」に立った。ニューヨーク転勤か、起業か。迷った挙句、決断した。「選択を迫られてやっと起業に踏み切れました」

 辞表を提出した後、すがすがしかったという。「決めたらやるしかない。失敗したら……という不安はなかった。最悪のシナリオでもまだ若いし、何とかなると楽観していました」

 成功への道筋は多種多様である。決まったセオリーなど存在しない。しかし共通点はあるように思う。それは理屈抜きの行動力だ。「起業するかどうか真剣に考えたけれど、深刻には悩まなかった。最終的には、ハートで考えました」。岐路に立たされ当時をそう振り返る。

 後悔はないのだろうか。船橋さんはおだやかに即答した。「ないですね。それに経営者でありながら悪いストレスは感じない」。実に幸せそうだ。夢は「日本の教育を気づきと感動のあるものにすること」。物静かな中にも理想を追い求める熱い心が垣間見えた。