日本人の2人に1人が生涯で経験するといわれる「がん」。自身もがんを患い、現在は日本全国のがん患者団体と連携し、がんを取り巻く課題の解決に取り組む「全国がん患者団体連合会」理事長を務める天野慎介氏(商学部卒)に、ご自身の闘病経験やがん患者とその家族との向き合い方などについて聞いた。
●日本がん患者協会長としての活動
―実際にがんをご経験された上でどんな思いをもち、どのような活動に取り組まれているのでしょうか。
私自身、27歳で血液がんである悪性リンパ腫に罹患し、自身のがん経験をもとに2009年から一般社団法人グループ・ネクサス・ジャパンの理事長を務めています。活動の中で、がんの種類や地域によって異なる患者の課題に対応する必要性を感じ、2015年には疾患や団体を横断する課題に取り組むための連合組織として、全国がん患者団体連合会を設立しました。
現在、がんは日本人の2人に1人、男性に限れば3人に2人が罹患する身近な病気ですが、治療技術は向上し長期生存が可能になったことで、治療を終えて社会に戻る人々も増えています。そうしたがん経験者が治療や定期観察を受けながら仕事を続けられるよう、社会全体で支えていくべきだと考えています。
●人生観の変化
―がんをご経験されて人生観や価値観に変化はありましたか。
がんを経験して私の人生観は大きく変わりました。「仕事で成功し、結婚して家庭を築く」といった、当たり前だと思っていたライフプランが、がんによって全く当たり前ではないことを思い知らされたのです。人間には「人生の登り坂、下り坂、まさか」の3つがあると言われていますが、がんという「まさか」の経験により、それまでの価値観が根底から覆されました。また当時同じ病棟にいた同世代の患者も多く亡くなった中で、死や病を前にした人間にとっては、お金といった、ないよりかはあったほうが良いようなものでも最後の瞬間にはあまり関係がないと感じました。
―がんの診断により、当然であるかと思われたライフプランが崩れたとき、希望を失いそうになったことがありましたか、またもしそうなったとき、どのように乗り越えられましたか。
正直にいうと、自分が5年後に生存しているかも分からず、「絶望オブ絶望」という感じでした。仕事で以前と変わらないパフォーマンスを示そうとしても、体力の衰えを避けられず、挫折を多く経験しました。しかし、自分に出来なくなったことを数えるより、病気になっても今これだけのことが出来るということを見つける方が建設的だと途中で気づきました。また同じように、体をがんに支配されていたとしても、心までがんに支配されたら「つまらない人生になる」とある時気づいたことがあります。それ以降、精神的に落ち込むことはやめようと気持ちに変化が起こりました。ですが、これらの気づきを得るまでにはとても長い時間がかかりました。
●仕事や学業と治療の両立
―社会全体で就労中のがん患者をどのようにサポートしたら良いのでしょうか。
現実として、がんに罹患したら、「すぐに仕事ができないのではないか」や、「辞めた方がいいのではないか」と感じ、診断されてすぐに退職してしまう方が一定数存在します。
私自身もがんに罹患した当時は、仕事と治療の両立を支援する制度はほとんどありませんでした。そのため精神的に追い込まれ、「面倒なことは手放したい」という気持ちから、会社から退職するように指示があったわけでもないのに退職してしまった過去があります。
現在、抗がん剤治療を受けながらでも仕事は可能になっているものの、吐き気や倦怠感といった副作用は依然として存在するため、決して楽な状況ではありません。そのため、私は柔軟な就業環境が重要だと考えています。具体的には、短時間勤務やテレワークの導入、そして、同じ経験を持つがん患者同士が集い支え合う「ピアサポート」の場を設けることなどがあります。がんに罹患する前のようにフルタイムでの就業は難しいとしても、短時間での勤務や休憩を挟みながらであれば勤務ができる方もおり、そのような働き方を可能とする職場も増えています。またがんなどの重篤な疾患に罹患し学業と治療を両立する学生や、精神的にも肉体的にも負担の大きい患者を支える家族にも同様のサポートが必要です。
●がん患者と家族の向き合い方
―がん患者を家族にもつ人々はどのようなことが求められるのでしょうか。また、どのようなことができるのでしょうか。
大切な家族ががんになっているわけですから、がん患者の家族は「第二の患者」とも呼ばれ、特にご家族が頑張られていることが多いです。ご家族も何らかのプレッシャーを感じていて、精神心理的な不調を抱えている方が結構いらっしゃいます。
家族に求められる向き合い方としては2つあると思います。1点目は、「普通に接してほしいけど、しんどい時は助けてほしい」という患者の複雑な感情を理解すること。特別扱いせず、これまでと変わらない態度で接することが、患者にとって大きな支えになります。2点目は、家族自身にもサポートが必要であることです。家族も精神的な不調を抱えていることが多いため、無理をせず、必要に応じて患者会や心療内科といった専門家の支援を受けることが大切です。
●「がんサバイバー」の核心
―がんサバイバーという言葉をどのように捉えていらっしゃるのでしょうか。
「がんサバイバー」という言葉は、治療経験者だけでなく、その家族や友人も含め、がんに直接的に影響を受けるすべての人を指す概念です。
がん患者は「身体的痛み」「精神的痛み」「社会的痛み」という3つの痛みを抱えていると言われています。がんサバイバーとは、これらの痛みを乗り越え、より良い生活を送ろうとする人々を指すのです。
がん患者には、治療中は患者であるものの、治療が終わった後は生活者としての視点があります。そして、患者さんと同等か、あるいはそれ以上に精神的なプレッシャーを感じながら向き合っている家族もしっかりと社会全体で支えていくことが重要です。それががんサバイバーという言葉の元の意味だと思っています。
●若者とがんの関わり
―若者ががんと関わる意義について、特に学生たちはがん問題に対し、現在または将来においてどのような役割を果たすことが出来るのでしょうか。
医療の進歩により、場合によってはがんも慢性疾患(長期にわたる治療が必要だが、生存が可能な疾患)になりつつあります。がん治療は医療研究の最先端であり、その進歩の著しい医療現場で医療者や研究者として携わり、一人でも多くの患者さんを救ってほしいですね。
また一般的に中高年から罹患するがんは、20代の若者にとって身近に感じにくいと思います。しかし、実際には、自身や家族ががんであることをオープンにしていないだけであって、がん患者は身近にいます。さらに、がんは中高年だけのものでもないのです。AYA世代(15歳から39歳)のがん患者は、経済的にも自立していないことが多く、苦労しやすいです。またこの世代では特に女性の患者数が男性の2倍であり、これは女性特有の子宮頸がん、卵巣がんは若年でも発症しやすいことに起因しています。特に子宮頸がんの原因であるHPVは男女を問わず一度は感染する可能性があり、その一部の人ががんになります。がんは、学生の皆さんにとっても遠い存在ではありません。
●今後の日本の医療の在り方
―がん治療には、今後どのようなイノベーションが起こると考えられますか。また、学生が学ぶべきこと、取り組むべきことがあれば教えてください。
治療の進歩によって多くのがん患者に治療や長期生存が可能となる一方で、一部の薬は高価で、少子高齢化による社会保障制度への影響により公的医療保険では賄えなくなる可能性もあります。学生の皆さんは、今後自分たちの世代にも影響が大きい社会保障制度のあり方についても声を挙げていく必要があると思います。
―がんを取り巻く環境に関して、患者支援団体の会長としてどのような展望を持っていますか。
少子高齢化、人口減少社会へと進んでいく日本では、医療の進歩で革新的な治療法が出てくる一方で、それを供給できる社会保障や介護などの社会基盤の維持はこれまで以上に難しくなってくるでしょう。私たちは医療の在り方や、社会保障の在り方について話し合う必要があります。今年から立ち上げた日本患者会議で、疾病などの立場を越えて日本のこれからの医療の在り方を話し合いたいと考えています。