《塾員インタビュー》弓馬礼法小笠原流31代当主・小笠原清忠さんインタビュー

全長約255mの一本の道を、全力疾走で駆け抜ける馬の上から弓を引き絞り、馬が的を通り過ぎる一瞬の間に狙いを定め、射止める。その度に湧き上がる観客の歓声が、射手たちが繰り出す、熟練された妙技の完成度を証明している。
例年、9月16日に鎌倉の鶴岡八幡宮で執り行われる例大祭・流鏑馬神事が、新型コロナウイルスの影響で、昨年に続き今年も中止となった。「本来、流鏑馬は疫病退散を願って神様に奉納するものなのですが……」と悔しさを滲ませるのは、弓馬礼法小笠原流の31代当主・小笠原清忠さんだ。
塾生時代は弓術部に所属し、卒業後は小笠原流を受け継ぎながらも、政府系金融機関に就職。その後、慶大の体育研究所で非常勤講師として勤めた。そんな慶大とのゆかりが深い清忠さんに、話を伺った。

小笠原流31代当主・小笠原清忠さん

 

小笠原流の歴史

弓馬礼法小笠原流の歴史は鎌倉時代まで遡る。小笠原家の始祖である小笠原長清が、当時の鎌倉殿・源頼朝の「坂東武者たる者、礼を知るべき」という意向を受け、神社の参拝などの礼法を確立したのが始まりだ。長清は弓馬の名手でもあり、1187年に鶴岡八幡宮で催された流鏑馬神事では射手に選ばれている。
時代が下り、小笠原貞宗・常興の代になると、現在の小笠原流礼法の根幹を成す「修身論」と「体用論」が完成した。「修身論」は心の教え、「体用論」は体の教えであり、当時の後醍醐天皇にも献上され、高い評価を受けた。
その後、鉄砲の伝来とともに流鏑馬は衰退してしまうが、江戸幕府8代将軍・徳川吉宗が、当時徳川家に弓馬礼法師範として仕えていた小笠原貞政に流鏑馬の復興を命じたことで、再び流鏑馬は盛んとなり、激動の近現代を乗り越え今に至る。

弓馬と礼法の関係性

弓馬の道と礼法の両者は、一見あまり関係がないように見えるが、そうではない。
「馬に乗って弓を引くということは、簡単なことではありません。実は流鏑馬は、鞍の上に尻を付けるのではなく、立ち透かしといって、尻を浮かせながら射ているのです。そのため、馬の反動に負けないような、強靭な足腰が必要なんです。そこで、足腰に負担がかかる農作業をすることがない上級武士たちは、立つ、座る、歩くという日常的な動作で足腰を鍛えるという慣習を創り出しました。これが礼法です」
現代人は歩き方など特に意識することなく、自分に楽なように歩いている。そのため、流鏑馬を習いに来る人には、まず礼法で基礎的な体力をつけてもらい、その次に弓、そしてようやく馬上での練習ができる、という意識をもってもらっているそうだ。

流鏑馬の稽古は道場の中でも行う

 

海外での流鏑馬披露

小笠原流は、鶴岡八幡宮をはじめとする全国の神社で流鏑馬神事を執り行ってきた。
1986年には、パリのエッフェル塔の前のシャン・ド・マルス公園で、初めてとなる海外における流鏑馬が披露された。それ以来、ハワイやイギリスなど多くの国々にも赴き、現地の人々を魅了してきた。海外での実演には達成感を感じつつも、苦労することは多いという。
「海外で流鏑馬を披露する際には、基本的に現地の馬を使います。イギリスでは、チャールズ皇太子御用達の乗馬クラブから馬を借りたのですが、ポロ(イギリスで盛んな球技)の馬だったので、乗り方は違えば、日本語も通じず、調教するのに苦労しました」
海外で流鏑馬を執り行う際は、日程に余裕がないため、馬の調教は前日の間に済ませなければならない。また、前日の深夜に当日の打ち合わせをした後、涼しい早朝の間に本番の練習をしなければならないため、睡眠時間が取れず体力的にもかなり堪えるようだ。

小笠原家の家訓

小笠原家では「家業を生業にせず」という言葉が家訓として受け継がれてきた。この言葉は名前の通り、弓馬礼法を教えることで生計を立ててはいけないという教えだ。
実際に、清忠さんは政府系金融機関で働きながら、休日に道場で門下生との稽古に励んできたそうだ。
かつて、小笠原家は徳川家康に嫡子・秀忠の弓馬礼法師範を任されて以来、代々徳川将軍とその直属の家臣に弓馬礼法の指南をすることで、俸禄を受けてきた。
しかし、徳川の時代が終わるとともに小笠原家は、一般の人たちにも門戸を開いて指導するようになった。そこで危ぶまれたのが、稽古に対して妥協が生じることで、正しい小笠原流の教えが曲げられてしまうことだ。
何百年間も受け継がれてきた伝統を歪めるということは、絶対にあってはならない。このような背景から「家業を生業にせず」という家訓が生まれ、それは今でも受け継がれている。

流鏑馬を次世代へ

「一番難しいのは、いかにして流鏑馬を受け継いでくれる後継者たちを育成していくかです」
他の様々な伝統芸能においても、後継者不足の問題が叫ばれている。特に流鏑馬は、落馬による怪我の危険も伴うため、新たに始めるにはハードルが高いという実情がある。
また、幼い頃から道場で稽古に励んでいたとしても、受験などがきっかけでやめてしまうことが多く、かといって大人になってから始めてみても、今までの人生で染みついた動作が影響し礼法の習得に時間がかかってしまうというのが難しい点なのだそうだ。
そんな中で、NPO法人の活動として、幼稚園や小学校で礼法や弓道の体験教室を開くことで、少しでも子どもたちに流鏑馬や礼法に興味を持ってもらえるような工夫をしているのだという。

最後に清忠さんはこう語ってくれた。
「塾生の皆さんには是非、最低限の礼法を知ってもらいたいです。靴の脱ぎ方や食事の作法など、日本人が守ってきた伝統を大切にして、挨拶や正しい身なりといった、当たり前のことが当たり前にできるような大人になってほしいですね」

(吉浦颯大)