これからの日台関係を考える〜日台断交50年を迎えて〜

2022年。今年、日本は中国との国交正常化50周年目を迎える。1972年に日中共同声明が発表されて以来、日中両国はさまざまな形で国交を続けてきた。

しかし、日中国交正常化50周年目は、同時に「日台断交50周年目」でもある。日中共同声明署名と同時に、日本がそれまで台湾と結んでいた日華平和条約は失効してしまったのだ。そして今、台湾有事がニュースで報道されるようになり、台湾への注目度は大きく高まっている。そこで今回は、慶應義塾大学東アジア研究所の三尾裕子教授のインタビューを交え、日台関係の理解を深めるともにこれからの日台関係について一緒に考えていきたい。

 

【プロフィール】

 

 

 

 

 

 

 

 

三尾裕子教授

慶應義塾大学文学部で文化人類学を研究、2021年から慶應義塾大学東アジア研究所の所長を務める。女性の所長就任は今回が初となる。

日台関係の背景

日台関係を理解する際、私たちはどのようなことに注目すればよいのだろうか。三尾教授は、日本と台湾が辿った歴史を理解することが重要だと話す。冒頭でも触れた通り、日本と台湾は1972年を最後に正式な国交が途絶えている。つまり、現在日本は台湾を正式に国家とは認めていないということだ。

例えば、三尾教授は大学院生時代に次のような日台関係の複雑な背景を象徴するような出来事を経験したという。

「当時(1980年代後半)は文化人類学を専攻する大学院生を対象とした文部省による海外派遣事業があったのですが、その行き先として台湾の名前はありませんでした。日本政府が台湾を国として認めていなかったからです。私のように台湾が研究対象であった者は、民間の財団から援助を受けるなどして自分でフィールドワークの費用を調達しなければなりませんでした」

その後国家公務員として台湾へ研究に赴いた三尾教授は、さらなる驚きに直面した。

「台湾に行くことが決まった際、当時の大学当局に誓約書を書かされました。その内容は、『台湾の政府高官と接触してはいけない』というものでした」

国から助成金も出なければ、現地での研究活動も制限される。これが日本の台湾研究の実情だった。そのため日本国内での台湾への関心は大変低かったという。研究というアカデミックな場にさえ国の意向が働き、台湾についての理解が遅れることになってしまったのは残念だ。

 

「出自」を考えた意見交換を

日本と台湾との相互理解を促進させるためには、台湾の人々との意見交換が欠かせない。しかし台湾が辿った歴史を顧みずに議論を進めてしまうと、相手に思わぬ誤解をさせて不快感を与えてしまうことがある。このような危険を回避しつつ有意義な意見交換を行うために、私たちはどのようなことに気をつけるべきなのだろうか。三尾教授は、相手の出自に注目することがキーポイントだと語る。「一口に台湾人と言っても、彼らにはそれぞれ多様なバックグラウンドがあります。1980年代の台湾では、本省人(第二次世界大戦以前に大陸から台湾に移住した人々)と外省人(第二次世界大戦以後に大陸から台湾に移住した人々)が、台湾の帰属先を巡り対立していました。また、台湾の原住民も差別に苦しんだ歴史を歩んでいます」

彼らと話すときは、会話の中で相手の出自を推し量りつつ、彼らの立場を悪くすることのないように心がける必要がある。これは研究の世界でも同様だと三尾教授は付け加えた。

 

私たちにできること

最後に、外交や安全保障といったスケールの大きい問題に対して、私たち個人が貢献できることについて話を聞いた。

「まずは、マイノリティに寄り添う考え方をすること。そして選挙の投票やSNSなどを通して自分の意見を積極的に発信することが大切です」

確かに、国家の歩みに直接関わるような問題に対して私たちができることは限られている。しかし、その中でかき消されてしまうマイノリティの人々の声を拾い、それを自分の意見と一緒に世の中に広めることはできる。そのために、まずは自国の外交政策やメディアの情報などに対して常にアンテナを張っておく。それが問題解決の第一歩となるのだ。

 

(廣野凜)