「和」は、どこでもいい顔をする。

昨年9月、アメリカ・ユタ州の砂漠で、世界から選ばれた7名の参加者が共同生活を始めた。通信が不自由なドームの中で暮らし、重い防護服と荷物を身にまとって船外活動を行う。極限のストレス下で、チームとして80日間を乗り切ることができるか。有人火星探査計画の模擬実験だ。

これまで複数回行われてきたシミュレーションの中では、昨年のチームが一番の成功例であったという。そのチームの副隊長を務めたのが日本人だった。

「なぜ成功したか?彼が右にも左にもいい顔をしていたから。隊員間の緩衝材になっていた」

欧米出身の隊員は、自分の正しいと思う主張が交わらなければ衝突してきたが、日本人の曖昧なキャラクターが割って入ることにより、チームは和を保つことができた。そう語るのは、放送作家やブランディング・プロデューサーなど、マルチな活動を展開する小山薫堂さんだ。

「実はくまモンも同じなんですよ」と笑う。小山さんは、熊本県のマスコットキャラクター・くまモンのプロデュースを手掛けた「生みの親」として知られる。

くまモンは、2‌0‌1‌1年、九州新幹線の全線開業をきっかけに、熊本県民が熊本の魅力に気づくためのキャンペーンの一環として生み出された。

「観光大使」でも「ゆるキャラ」でもない、「みんなのもの」として全国に知られていったくまモン。誰もが感情を共有できるからこそ、愛される存在となった。

「熊本県民は県民のものだと言って、ファンはファンのものだと言う。どこに行っても『いい顔』をするくまモンは、すごく日本人らしさがある」。くまモンが和の文化に通じていると語るゆえんだ。

昨年の熊本地震後、小山さんはTwitter上で「#くまもんあのね」というハッシュタグ運動を始めた。「熊本県しあわせ部長」であるくまモンに、熊本県民がその日出会った幸せな出来事をハッシュタグをつけて報告するというものだ。「炊きたてのお米が美味しかった」「洗濯物を干したらよく乾いた」「夜明けの空が綺麗だった」。読む者の心もじんわりと温かくなる。

「普段の生活をどう捉えるかによって、幸せの大きさは変わる」。自分にとって大切なものとは何かを気づかせるのが和の心であり、くまモンの存在なのかもしれない。

日本人にとってふるさとは「鏡」だと小山さんは言う。

「今では鏡で当たり前のように自分の顔が分かるが、昔は水や氷に映して見ていた。ふるさとは、そうやって自分を見つめ直すことができる場所だと思う」

くまモン誕生の原点には、「ふるさととの繋がりを思い起こさせる象徴として」という小山さんの思いがあった。「鏡」のような存在だからこそ、「#くまもんあのね」では、人々に「当たり前の中の幸せ」に目を向けさせることができた。

柔軟さは、裏を返せば優柔不断であるということだ。何色にも染まりやすい分、今の自分を見失い、変わったことに気づかぬまま突き進んでしまう。 水や氷のように透き通った素直な気持ちで、ふるさとにいた頃の自分を時々思い出してほしい。
(広瀬航太郎)