【つれづれ評論】アーティスト ミドリカワ書房

アーティスト『ミドリカワ書房』

あなたは鯖について歌えるだろうか。認知症の老人や整形、ストーカー、過失致死、性同一障害について、感動や衝撃、後悔や自己投射、更には笑いを引き出す歌を果たして作れるだろうか。

ミドリカワ書房の楽曲は僕が持つ音楽の幅を大きく広げた。

ミドリカワ書房の歌は音楽を聴いているというより、小説の語りを聴いているという表現がぴったりの歌詞だ。

「殺すつもりなんか全くありませんでした。結婚して二年半、仲良くやってきました。」という歌いだしで始まる『おめえだよ』という曲。夜、仕事で疲れた父親が誤って幼稚園児の息子を殺してしまう。彼は取り調べの最中、「刑事さん、僕たちをこんな人間にしたのは誰でしょう。」というセリフを警察官に投げかける。そして、挙句には息子を殺したのは自分ではないとまで言い張る。しかし、そんな主張も空しく、曲の最後に刑務所の重い扉が閉まる音がする。タイトルである『おめえだよ』は聞き手が曲を聴き終わり、タイトルを改めて観た時、その真の意味が理解できる。

また『ドライブ』という曲はイントロがとても爽やかで、車に乗って遠くへ出掛けたくなるような出だしだ。しかし、歌詞は一転して、ひき逃げの若者の話となっている。これら二曲に共通して描かれているのは、故意でない過ちを犯してしまった時に反省せず、何かに責任を押し付ける人間の弱さだ。

ミドリカワ書房は本名緑川伸一という男性歌手が1998年に音楽活動を開始し、2005年にSony Musicよりメジャーデビューした。その後はシングルとアルバムを計6枚リリースしたが、2008年に突如公式HPSony Musicとの契約解除を発表した。

楽曲としては他にも、ひきこもりの少年が自分のネット依存を肯定する『大丈夫』や、認知症の老人を描いた『恍惚の人』など、社会の暗い面を浮き彫りにする楽曲が多い。しかし、ある男性が同僚に「頑張らなくていい。」と励まし続ける『頑張るな』などの明るい曲や、万引きGメンが万引き犯を熱唱しながら追い詰める『Oh!Gメン』、ストーカー犯罪をストーカー目線で描いた『誰よりもあなたを』など、ユーモアな作品もたくさん作られている。また歌詞だけでなく、物語の雰囲気を一層際立たせる演奏と楽曲のリアルさを伝えるプロモーションビデオも秀逸だ。

ストーリーで描かれているのに、いやストーリーで描かれているからこそ、曲の影響力やメッセージ性は強いように思われる。それは小説を読んで考えさせられる感覚と似ているかも知れない。音楽と読書を同時に体験できる音楽、一度聞いてみてはいかがだろうか。

(小林佑樹)