慶應義塾大学は、学部やキャンパスごとに雰囲気が大きく異なる大学だとよく言われる。湘南藤沢キャンパス(SFC)は自由で革新的、日吉・三田キャンパスは伝統と専門性。創立以来「独立自尊」の精神を掲げる慶應において、キャンパスの多様性は単なる立地の違いにとどまらず、学び方や学生文化を大きく規定している。では、具体的にどのような違いが存在するのだろうか。また、片方のキャンパスに所属しながらもう一方の授業を履修する場合、どのようなメリットや課題があるのだろうか。実際に両キャンパスの講義を履修している学生への取材を元に様々な観点から比較していく。
授業スタイルの違い ─自由か、専門か─
両者のもっとも大きな違いは授業の進め方だ。SFCは分野横断的で実技を導入するなど「変わった授業」が多い。学生同士が議論し、プロジェクトを立ち上げ、自由なテーマに挑戦する少人数制の講義が多く、必修科目がほとんどないことも特徴だ。一方で日吉・三田キャンパスは「一般的な授業を徹底的に学べる」場として位置づけられている。座学を中心としており大人数制の講義が一般的である。学部ごとに必要となる基礎的な知識を身に付けるための必修科目が多く設定されているのも大きな特徴だ。SFCから三田の講義を横断履修している学生は、「三田の授業は講義や個人作業が中心で、SFCに比べてグループワークやディスカッションは少ない」と語る。つまり、SFCが「自由な探究心を刺激する場」だとすれば、日吉・三田キャンパスは「基礎を固めて専門を深める場」といえるだろう。どちらが優れているというより、学びのスタイルが根本から異なるのだ。
学生文化の対比 ─1つの大学、2つのカルチャー─
授業スタイルの違いは、そのまま学生カルチャーにも表れている。新しいアイデアを形にしたり、学外の活動に積極的に取り組んだりと、いわば「放牧されている」ような空気がある。プロジェクトの成果をSNSで発信したり、学外のスタートアップやNPOと協働したりする学生も珍しくない。対照的に日吉・三田キャンパスは「ザ・大学生」といった雰囲気が強い。スーツ姿でキャンパスを歩く学生の姿が象徴するように、就職活動や専門的キャリアを意識した雰囲気が漂う。SFCは学部による制約が少ないからこそ幅広いキャリアを考えている学生が多く、日吉・三田キャンパスは学部ごとに目指している職業がはっきりしていて、キャリアパスがわかりやすい傾向にある。同じ大学にいながら、キャンパスごとにまるで別世界の文化が存在していることがよくわかる。
キャンパス横断のハードルも
このようなカルチャーの違い以外にも、二つのキャンパスを行き来するには物理的なハードルもある。SFCから日吉キャンパスまでの通学は片道1時間以上、SFCから三田キャンパスに通学するには2時間弱かかる。そのためSFCと日吉、三田キャンパスの講義を連続して取ることは制度上不可能となっており、履修効率だけを考えると負担が大きいのは事実だ。
しかし、両キャンパスの講義を履修することには、それらの欠点を補って余りある価値がある。日吉・三田キャンパスの授業ではSFCでは得にくい「専門性の深さ」に触れられる。逆にSFCでは日吉・三田キャンパスではない実践的な学びができる。SFCで広く学んだ上で三田で理論を磨けば、視野の広さと知識の深さを兼ね備えられる。両キャンパスの学びは対立するのではなく、互いを補完する関係にあるといえる。さらに両キャンパスには独自の制度も存在する。SFCには英語で一般講義を受けられるGlobal Information and Governance Academic Program(GIGA)があり、国際的な環境で学べるのが魅力だ。一方、三田キャンパスにはメディアコムというメディア業界に強い研究機関が設置され、専門性の高い研究を行える。これらはどちらか一方のキャンパスにいては体験できない制度であり、多少の不便を享受する価値のある体験だといえるだろう。
もっとも、現実的にSFCと日吉・三田キャンパスを行き来するとなると負担は大きく、進級や研究計画に影響してしまう可能性も高い。そのため、SFCからメディアコムを履修している学生は「1、2年のうちにSFCの授業をしっかり取り、3、4年でインターンや課外活動に合わせて三田や日吉に通うのが良い」と語る。まずは自らの所属キャンパスで基盤を固め、その上で興味関心に応じて他キャンパスの資源を取り入れることが、慶應だからこそ可能な学びの戦略だといえる。
SFCと三田。自由と伝統、実践と専門性という異なる特徴を持つ両キャンパスは、学生にとって二つの学びの姿を体験できる場となっている。互いの良い部分を理解した上で、自分に合った学び方を選べるのが慶應義塾大学の良さであるといえる。
(桐井希海)