今回お話を伺ったのは、文部科学省高等教育局学生支援課である。
近年、私立大学を中心に学費の値上げが相次いでおり、その波は国立大学にすら波及している。本記事では、大学が学費を値上げせざるを得ない理由や、それによって生じる学生への影響、行政が取り組む学生支援の現状について詳しく解説する。
●なぜ、今、大学の学費が上がるのか?
私立大学の学費値上げの背景について、主に以下の2つの要因を挙げることができるという。
まず、物価や光熱費などの高騰だ。大学の運営には、教育研究設備の維持費、光熱費、人件費など多額の費用がかかっている。近年の急速な物価高やエネルギー価格の上昇は、これらの費用を大幅に押し上げ、多くの大学の財政状況を圧迫しているのが現状だと取材に応じてくれた担当者は語った。教育の質を維持するためには、これらのコスト増を吸収する必要があり、その皺寄せとして学費値上げが避けられない状況が生まれているのだ。
また、教育・研究の質の維持・向上も急務である。授業料を据え置いたままでは、教育環境の改善や最先端の研究投資が滞り、大学の競争力が低下する恐れがあるため、学生により質の高い教育を提供し、社会に貢献する研究を続けるために、新たな設備投資や教員への適切な待遇が必要不可欠なのだ。
●学費値上げがもたらす「教育格差」への懸念
学費値上げは、経済的に困難な家庭の学生にとって、高等教育へのアクセスを阻む大きな壁となり得ることは言うまでもない。教育の機会が経済状況によって左右される「教育格差」の拡大が懸念されている現状について、文科省としてどのような施策を講じているのか伺った。
文科省によると、教育機会の均等を確保するために、以下の3点の対応策を講じているという。
1点目は、給付型奨学金の拡充について。奨学金には、貸与型と給付型の主に2種類が用意されている。この中でも、特に返済不要の給付型奨学金は、経済的に厳しい学生にとって大きな支えとなる。
2024年度からは、子ども3人以上の多子世帯に対し、所得制限を設けずに支援する制度が始まった。この制度の画期的な点は、これまで取りこぼされていた中間所得層への支援拡大が図られることだろう。
この制度は、子育て世帯の経済的負担を軽減し、少子化対策の一環としても重要な役割を果たすことが示唆された。
この制度については、まだ施行されはじめたばかりであり、今後は学費や物価の動向を踏まえ、給付額の見直しや対象者の拡大が検討される可能性があることが語られた。
2点目は、貸与型奨学金の制度改善である。「奨学金地獄」という言葉を耳にしたことがある人もいるのではないだろうか。これは主に、給付型と異なり返済義務のある貸与型奨学金について、返済負担の重さを揶揄している。何を隠そう、筆者も借金を抱えた状態で社会人としてのキャリアがスタートすることに抵抗があり、申請を断念した1人である。
これらの課題を解決するため、以下の改善策が紹介された。
・減額返還制度の緩和
日本学生機構(JASSO)の奨学金は、有利子の第2種奨学金を借りた場合、奨学金の総額と返済期間について、毎月の返済額が一定となる「定額返還方式」と、無利子の第1種奨学金を借りた場合、前年の所得に応じて返済額が決まる「所得連動方式」の主に2つの返済方法が用意されている。
これらについて、返済が困難な場合の制度として、収入が減った場合に毎月の返済額を少なくできる「減額返還制度」の利用要件を緩和し、返済の負担が軽くなるよう改善策が講じられているという。
・企業による代理返還制度の推進
奨学金の返済について、企業が福利厚生の一環として従業員の代わりに返済する「代理返還制度」があることは、まだあまり知られていない。これにより、従業員は返済の負担から解放され、企業は優秀な人材の確保・定着につなげることができるのだそうだ。
いずれの方法についても、魅力的かつ負担軽減の大きな役割を担うことは言うまでもないが、取材に応じてくれた担当者は、まだあまり知名度がないこと自体が課題であると話した。
この制度の普及は急務であり、返済に直面する以前の検討段階で知ることができれば、借りること自体のハードルが下がり教育機会の均等に寄与することだろう。
●公的支援の課題と今後の展望
これらの公的支援にはいくつかの課題も存在する。
例えば奨学金について、公的な財源には限りがあるため、支援の対象には一定の所得制限を設けざるを得ない。しかし、この線引きによって、わずかに所得が上回るために支援を受けられない「支援の空白層」が生まれてしまう可能性がある。また、親の所得状況が厳しくなくとも、家庭内で進学への理解が得られず、奨学金制度を利用できない学生も存在するため、支援実態と制度との乖離については引き続き一考の余地がある。
また、大学の教育・研究の充実のための学費制度について、それぞれの大学が自主的に判断するべきものとされている「大学の自主性」の原則に鑑み、国は、各大学の学費設定に直接介入することはできない。これについても、学校間の格差や行政としての限界を感じざるを得ない。
これらの課題を解決するために、学費の値上げと学生支援は、どちらか一方だけを議論するのではなく、常に両輪で検討されるべき問題だと言える。
(小宮山葵)