慶大文学部「国文学専攻」の構成と特徴
――国文学専攻が求める学生とはどのような学生ですか?
何かこだわりのある人です。全方位的ではなくても、興味の対象は徐々に変わっても構わないのですが、自分の関心を一定程度突き詰め、考え方を深めることが重要です。そういう方が来てくれると嬉しいです。

――国文学専攻に在籍する学生の雰囲気などを知りたいです。
国文学専攻の学生は、全体的に穏やかで真面目な印象です。それぞれが各自のこだわりを大切にしながら、授業や演習を通じて互いの考えを共有しています。国文だからといって例えば古典だけにこだわるというよりも、人文学のいろいろな領域の考え方につなげていっているように思う。
――授業のスタイルや特徴を教えてください。
講義もありますが、演習形式の授業もそれなりに多いです。学生個人やグループでテーマを調べ、発表するスタイルです。教員が知識を手渡すために講義は必要ですが、例えば私が専門としている近代文学の場合は、言葉の意味がわからないというよりは、わかったつもりでいる考え方について、本当にそれ以外ないのかを疑う態度を学ぶのに時間がかかります。
たとえば「恋愛とはこういうもの」「人間とはこうあるはず」といった今も続いている考え方の成り立ちや偏りを、文学を通して考えていくために、演習等で自分の着眼点を見つけることが必要になります。

――学生にとって大変な点はどんなところでしょうか?
知識と考え方のバランス、そしてその考え方を継続的に練り上げることが大変なのかなと思います。また文学作品は、すぐに理解できるものではありません。暗示や象徴なども多く、読み込む技術が必要ですし、作品を批評的に読む力も必要です。それらを客観的な研究にできるのかというのも工夫のしどころでしょう。また、扱う資料の量が膨大なのも近代の特徴であり、苦労するポイントでもあります。
――この大学の国文学専攻でしかできないことは何でしょうか?
慶應の国文学専攻は、古典の研究に非常に強いです。大学だけでなく先生方も貴重な資料を所蔵しており、授業が実物を使って進められることもあります。また、近年では「デジタル・ヒューマニテイーズ」といって、データ解析の手法を使い、大規模なテキスト分析を行うような研究も進んでいます。伝統と新しさ、両方のアプローチで学べるのが強みではないかなと風に思います。
「性別による違和感」から始まった研究の原点
――先生が「文学とジェンダー」というテーマを扱うようになったきっかけを教えてください。
大学生の頃から、日常生活の中で、「性別によって求められるふるまいが違う」ことに疑問を感じていました。たとえば、女性はかわいくあれ、気を遣うべき、などの社会的な期待がありますよね。そうした感覚の違和感が、ずっと心に引っかかっていたんです。最初はそれを研究に結びつけて考えていませんでしたが、文学を本格的に読み込むようになると、作品の読解にも“無意識のバイアス”があると気づきました。
「学問は中立的なもの」だと思っていたけれど、実はそこにも偏りがある。その発見が、文学を通して社会や性のあり方を見つめ直す原点になりました。
――先生の研究についての質問です。国文学でジェンダーを扱うことには、どんな意義があるのでしょうか?
社会学が“社会構造”を分析するのに対して、文学は“人の心”と”ことば”に注目します。たとえば「世の中の当たり前」に違和感を持つ人が、整然とした主張にはまとめられず、その気持ちをたとえ変な文章としてでも書きつけたい、誰かと共有したいと思うとき、文学はそれらを許容する媒体だと思うんです。言葉はバイアスがかかっていて、世間一般のステレオタイプを後押しする働きを持つ一方、違和感を別種の形で外に表明するのも言葉です。文学作品には、社会に直接声を上げられなかった人の心の動きも表れています。その表現を読み解くことで、私たちは多様な生き方や感じ方を理解し、見えにくい声に寄り添い、何かの突破口を見つけることもできる。それが、文学におけるジェンダー研究の大きな意義だと思います。
国文学専攻の卒業後
――卒業生の進路や、学びの生かし方について教えてください。
進路は幅広く、情報通信、金融、コンサルなどの一般企業のほか、出版社や教育関係に進む人もいます。狭き門ではありますが、学芸員を目指す人ももちろんいます。最後に、これから専攻を選ぶ 1 年生へいろいろな情報に迷うこともあると思いますが、ぜひ初心を忘れずに選んでほしいです。そして、もしも、ですが、希望の専攻に入れなかったとしても、文学部の学びはすべてつながっています。他の専攻の授業を取ることもできますし、自分の興味を軸に新しい学びを作ることもできる。どこにいても、どういうことができるのかを探し続けてほしいですね。
(岡凛花)