このところ一冊の本が話題となっている。「高学歴ワーキングプア『フリーター生産工場』としての大学院」(光文社新書)である。今まで大学院といえば、世間的には尊敬の的であり、将来安泰であると思われてきた。しかし、現実は生易しいものではなかった。本書は、大学院博士課程を修了後、就職先もなくほぼフリーター状態となる博士が増えているという衝撃的な内容である。そのため、各地の大学で大学院に関する様々な取り組みが行われている。著者である水月昭道氏は、現在の大学院を取り巻く環境と義塾を含めた各大学の動きをどのように考えているのだろうか。

 昨年の「慶應義塾大学、京都大学、東京大学及び早稲田大学による大学院教育における大学間学生交流に関する協定」の締結や、「慶應義塾大学と大阪大学による大学院連携協定締結」などの改革について、水月氏は「指導者側にも学生、特に研究職志望者にとっても、メリットは非常に大きい」という。他大学との交流により文化環境が流動的になり、閉鎖的な研究室という空間に外の文化が入ってくるからだ。

 しかし、以前とは大学院生の構成メンバーが変化し、社会人などの割合が多くなっている。「研究職を目指す学生以外の存在も考慮すべきである」と水月氏は話す。

 平成3年に文部科学省により始められた大学院重点化政策により、20年前には約7万人だった大学院生の数が、現在は26万人に達した。かつては研究者養成機関としての役割が大きかった大学院だが、教授や准教授などの研究者としての椅子の数は限られている。急激な増加により、大学院生の進路の需要と供給のバランスが崩れてしまった。研究職志望だけでなく、その他の学生のニーズを満たす改革も同時に行わなければならない。

 問題は山積みだが、水月氏は「誰が悪い」と責任追及をすることを目的として本書を執筆したのではない。社会の速い動きの中で、齟齬が生じてしまうことは仕方がない。バランスが崩れた中でどうするべきか、それを考えるきっかけを作りたかったのだという。

 最後に大学院へ進学する学生や進学を考えている学生に対して、水月氏は次のようなメッセージを贈った。「せっかく学歴構造の頂点である大学院まで行くのですから、誇りを持ち、過程を大切にして、社会に戻った時いかに生かせるかを自分の中で課題として、学んだ知を生きる力に変えるよう願っています。厳しい社会であることを自覚しながらも、自分が生きることだけに必死になってしまわずに、みんなと生き残っていくために知の力を社会の中で生かしてほしい。それが結果として自分を生かすこととなります」

(川上典子)