《慶應生の本棚》Loveless|感想・レビュー・あらすじ

「人は誰しも恋をする」「男女が一緒にいればセックスしたくなるもの」「結婚して子どもを産んで家庭を築くことが幸せ」。これらは全て人間が人工的に作り上げた規範であり、構造的に差別を生み出す原因にもなっている。

この世の中には、人生で一度も恋に落ちない人もいる。他人に性的欲求がわかない人もいる。結婚したくない人や子どもが欲しくない人もいる。

 

アセクシャル

他者に対して性的欲求や恋愛感情を抱かないセクシャリティのことをアセクシャルという。(補足参照)今回紹介するのは、YAブックプライズ2021に選ばれた、アリス・オズマンの『Loveless』。アセクシャルを題材とした、アイデンティティと自己受容の物語だ。

 

主人公のジョージアは恋をしたことがない。誰ともキスをしたことがないし、片思いすらしたことがない。しかし、ファンフィクション好きでロマンティストの彼女は、いつか運命の人に出会えると信じている。

大学入学を機にジョージアは恋をするための計画を立てるが、失敗に終わってしまう。彼女はほかの人たちにはいともたやすい恋が、どうして自分にはそうではないのだろうと疑問を抱き始める。そんななか「アセクシャル」、「アロマンティック」という新しい言葉を投げかけられ、彼女は自分の気持ちが以前にも増してわからなくなる。

それでも、彼女は友人たちとの関わりの中で、性別に関係なく誰に対しても性的魅力や恋愛感情を抱かないことを次第に受け入れ、真の愛は恋愛に限ったものではないことを発見していくのだ。

 

「人は必ず恋に落ちて結婚するなんて考えは全くの嘘。私がそれを受け入れるのにどれだけ時間がかかっただろう?」

It was something adults said all the time. You’ll change your mind when you’re older. You never know what might happen. You’ll feel differently one day. As if we teenagers knew so little about ourselves that we could wake up one day a completely different person. As if the person we are right now doesn’t matter at all.

The whole idea that people always grew up, fell in love and got married was a complete lie. How long would it take me to accept that?

 

(和訳)大人がよく言うことだった。「大人になったら考え方が変わるよ」「何が起こるかわからない」「ある日突然、違う気持ちになれるよ」。私たちティーンエイジャーは自分のことをほとんど知らないから、ある日目覚めたらまったく違う人間になっているかもしれない、というように。今この瞬間いる自分がどうでもいいみたいに。

人は必ず恋に落ちて結婚するなんて考えは全くの嘘。私がそれを受け入れるのにどれだけ時間がかかっただろう?

【引用:「Loveless」 (Alice Oseman)、p75より】

「大人になったら考え方が変わるよ」「何が起こるかわからない」「ある日突然、違う気持ちになれるよ」。自分がアセクシャルである可能性があると悩むジョージアにこんな言葉をかけた大人がいたと思うと胸がギュッと締め付けられた。

 

そんな折、私は9月初旬、「結婚の自由をすべての人に」訴訟の裁判傍聴をしに福岡へ行った。同性カップルが結婚できないことが憲法違反だと正面から問う、日本で初めての訴訟だ。

原告であるまさひろさんのお父さんの発言が印象に残っている。「自分の子どもがゲイだと初めて知らされたときどのように思いましたか」という質問に対し、「『そのうち女の子を好きになるだろう』と思っていました」と答えていた。

「そのうち女の子を好きになるだろう」。お父さんのその発言の真意に私は思いを巡らせた。ゲイに対する知識がなく、本気で「男は女を好きになるものだ」と思っていたのか。自分の息子が“ふつう”の幸せを手に入れることができないと悟ったことによる、ある種の悲しみから、「大人になったら考え方が変わるよ」「何が起こるかわからない」「ある日突然、違う気持ちになれるよ」と思い込みたかったのか。いずれにせよ、お父さんは気付かぬうちに刷り込まれていた異性愛規範に縛られていたのだなと思った。

しかし、かつては本当の息子を拒絶していたお父さんが、訴訟を起こすと息子が言ったときには「自分も裁判に出たい」と息子に伝え、尋問では「男性同士のカップルも男女の夫婦と同等に幸せになって欲しい」「彼らには幸せな人生を送る権利があり、それを認める社会になって欲しい」と自分の口から発していた。

結局、まさひろさんのお父さんは本当の意味で息子のことを受け入れることが出来ているのだろうか。今の私には正直わからない。でも、息子のカミングアウト以来葛藤した過程や、お父さんなりにどうにかして受け止めようと尽力する姿勢に思わず涙が出た。

 

ジョージアもまた、当事者ながらに、自分がアセクシャルである可能性があるという事実を受け入れるのに時間がかかった。

I was so curious now, that’s for sure.

And I was so terrified.

I mean, that wasn’t me. Asexual. Aromantic.

I still wanted to have sex with someone, eventually. Once I found someone I actually liked. Just because I’d never liked anyone didn’t mean I never would … did it?

And I wanted to fall in love. I really, really did.

I definitely would someday.

So that couldn’t be me.

I didn’t want that to be me.

Fuck. I didn’t know.

I shook my head a little, trying to dispel the hurricane of confusion that was threatening to form inside my brain.

 

(和訳)私は、とても奇妙な感じがしていました。

そして、とても恐ろしかった。

つまり、あれは私ではないのです。アセクシャル。アロマンティック。

好きな人ができたら、いずれはセックスしたいと思っていた。今まで誰も好きになったことがなかったからといって、これからも人を好きになることがないというわけではないでしょ…?

そして、恋もしたかった。切実に。

いつか絶対恋に落ちるときがくる。

だから、私はアセクシャルはではないはず。

そうであって欲しくなかった。

最悪。知らなかった。

私は頭を少し振って、頭の中の混乱を払拭しようとした。

【引用:「Loveless」 (Alice Oseman)、p198より】

ジョージアが、アセクシャルとアロマンティックという単語を知ったときの反応だ。

 

著者のアリス・オズマンはインタビューで本書について次のように語っている。「ネットで見るアセクシャルの人々はみんな自分に対して誇りと自信を持っているのに、私はそう思えなかったことに苦しんだ。本を通してアセクシャルの人々もアイデンティティに戸惑ったり自分が嫌になったりすることはあると伝えたかった」

 

セクシャリティに限った話ではない。社会には規範が存在する。自分では当たり前だと思っていたアイデンティティが異端として突きつけられ、規範から外れたものなのだと認識したとき、とてつもない不安に襲われる。ジョージアが「アセクシャル」と「アロマンティック」という単語を知ったときのように、まさひろさんのお父さんが自分の子どもがゲイだと初めて知らされたときのように、動揺は止まらないし、ときには消えてなくなってしまいたいと思うときだってある。

それでも、“異端”が押し殺されなければならない社会ではなく、誰もが規範に縛られない生きやすい社会を作りたい、そのために自分自身が努力しなくてはならない、と私の心が騒ぐ。いろいろな当たり前を受容し続けていきたいという想いは、私が慶應塾生新聞会で活動を続ける理由の一つでもある。

しかし、やはり、社会には規範が存在する、とまた絶望してしまう。絶望の淵に立たされたとき、ジョージアは一緒に悩んでくれるかもしれない。この本は私にそんな希望を抱かせてくれた。

 

補足

アセクシャルに関して誤解がないようにここで補足しておきたい。冒頭でアセクシャルを「他者に対して性的欲求や恋愛感情を抱かないセクシャリティ」と説明したが、一口にアセクシャルと言っても、その定義は一つではない。

自分がアセクシャルである可能性があることを疑うジョージアは、「誰ともキスをしたことがないし、片思いすらしたことがない」「いずれは誰かとセックスがしたかった」「恋に落ちたかった」と自身について語る。しかし、アセクシャルと自認する人のなかには交際経験のある人もいる。パートナーとの性行為を望まない人もいるし、恋をしたいと思わない人もいる。

著者のアリス・オズマンがインタビューで本書について「全員を表象することはできないから自分の経験を掘り下げた」と話していたことからも分かるように、どのセクシャリティを表象する場合にも言えることだが、アセクシャルの当事者の経験や考え方を一般化することは不可能に等しい。

 

決して決めつけないこと。そして、何を始めるにしても全ての段階の第一歩として、まず学ぼうとし続けることを徹底していきたい。

 

(柴田憲香)