「ほっとしているという気持ちが強い」長谷山彰前塾長退任インタビュー

長谷山彰前塾長(提供:慶應義塾広報室)

今年5月27日をもって塾長を退任した長谷山彰氏に、今の率直な気持ちをインタビューした。長谷山氏は、慶大法学部・文学部を卒業後、大学院文学研究科修士課程を修了。同博士課程単位取得退学後、法学博士の学位を取得。駿河台大学法学部教授を経て1997年から慶大文学部教授。専門は法制史・日本古代史。常任理事に就任したのは2009年6月。ほか、学生総合センター長兼学生部長、文学部長、体育会相撲部長を務めるなどさまざまな職務に尽力してきた。(取材・佐々木紫乃)

 

率直な今の気持ちをお聞かせください

ほっとしているという気持ちが一番強いですね。私は2009年に常任理事に就任してから12年間、今日まで塾長も含めて12年間常任理事会、それから理事会、評議員会のメンバーとして義塾の経営に関わってきました。2001年に学生総合センター長兼学生部長に任命されてから、文学部長を経て、また教学部門の大学評議会のメンバーでしたので、教学部門を合わせると20年間慶應義塾の役職を務めていたということになります。長い間に本当にいろいろなことがありました。2011年には東日本大震災があって、卒業式、入学式ができない、春学期がなかなか始まらないということがありました。そのときには学事担当と施設担当理事を兼任していたので大変緊張した日々を送りました。

そして今、コロナ禍の真っ只中で一貫教育、大学、また特に信濃町の病院では大変深刻な状況が続いています。教育や研究、医療現場を守るために常任理事の皆さんと協力してさまざまな対策を実施してきました。まだまだ予断を許さない状況で、緊張した日々が続きますが、この1年間何とか学問の府としての慶應義塾を土俵際で守ることができたということで、これでやっと一息つけるという思いです。

 

塾長就任記者会見にて「世界から高く評価される大学となれるよう尽力する」とおっしゃっていましたが、今それを達成できたという実感はありますでしょうか

就任時の私の気持ちとしては、慶應義塾の創立200年までに何とか世界を代表する大学と肩を並べたい。そのために時間はかかるでしょうが、レールを敷くことに努力したいという気持ちでした。そのために3つの方策をとりました。

一つ目に「資金集め」です。慶應義塾は、実は自己資本の資金の比率が少ないことが弱みです。競争的な外部資金も大事ですが、持続性安定性のある自己資金を充実しようと考えました。そこで、2017年に福澤諭吉記念慶應義塾学事振興基金と小泉信三記念慶應義塾学事振興基金という教育研究の基盤を支える基金を充実させるためのキャンペーンを始めました。

二つ目に、施設面でも国際標準に近づけるということです。慶應義塾には図書館はありましたが、創立162年経っても博物館がなかったのです。これではとても世界標準とは言えません。義塾の歴史を語る福澤諭吉記念慶應義塾史展示館とデジタルとアナログ融合で未来を発信する慶應ミュージアム・コモンズ(KeMCo)という双子の展示施設を作ることに力を入れ、何とかこの春に完成しました。

最後に、世界中から優れた研究者や学生が集まる大学にするべく、人事制度を改革しました。シニアA・シニアBという新しい有期教員の任用の制度を作ったほか、1人の大学院生を慶應義塾の指導教員と、海外でその分野の専門の教授が指導していく海外副指導教授制度というものを拡充させました。多様な人材を社会のあらゆる分野に送り出してきたこと、そして卒業生の絆が強いことが特色だと思います。

良い学生、良い教職員がいて、そして良い卒業生がいる。これが慶應の強みなので、こうした伝統を守りながら、いろいろな方策を立てて進化し、創立200年の頃には、世界の主要大学と肩を並べたいです。

 

コロナ禍で多くの学生がリアルな学生生活を制限されています。そのような現状に対してどのようにお考えですか

残念ながら課外活動などでクラスターが発生していますが、少なくとも教室内、授業の場でクラスターは発生していません。これは社会一般の状況から見れば、頑張って感染拡大を抑制していると言えます。ただその分、キャンパスの一時閉鎖、オンライン授業への切り替えなどで、塾生は非常に孤独を感じているでしょうし、つらい思いに耐えてもらっています。慶應義塾は、総合大学として、医学的な基準や科学的なデータに基づいて感染の防止に取り組むという責務がありますので、世間相場よりも厳しい基準で感染防止対策を実施してきました。それだけに塾生にとっては大変厳しい1年だったわけで、よく耐えて頑張ってくれたことに感謝しています。

 

塾長時代に幸せだと感じた時や嬉かったこと、また、印象的だった出来事をお教えください

やっぱり幸せを感じたり、楽しいと思ったのは、学生部長の時代を含めて塾生と色々な場面で交流できた時間でした。特にスポーツではさまざまな思い出があります。私は塾長に就任するまで、20年間體育會の相撲部長を務めていました。悲喜こもごもの経験はしましたが、これは単に教室で教えていては経験できることではなくて、いろんな経験ができたことで、教員としての自分の人生も豊かになったと感謝しています。

塾長になってからも、體育會の会長を兼任しているので、いろいろな場面で塾生のスポーツの活躍を見る機会が増えました。ちょうど就任した2017年秋から野球部が2連覇して、優勝パレードなどは大変嬉しい出来事でした。野球部は六大学野球で2004年、2017年に優勝しているんですが、そのときの野球部や應援指導部のメンバーが集まって、三田で同窓会やろうとなりました。そこに私も呼んでくれて、三田の寿司屋さんで、優勝を祝って大変盛り上がったことを覚えています。

学生時代だけでなくて、卒業した後の塾生塾員とも交流できるというのは大変幸せなことだと思います。今もご承知の通り野球部が、この春のリーグ戦首位に立っているので、野球部の優勝を期待しています(インタビュー日は野球部優勝前の5月20日)。

あとはこの4年間の間、最後に早慶レガッタで慶應が優勝するシーンを見ることができて大変よかったなと思っています。

 

(次ページ:長谷山前塾長にとって慶應義塾とはどのような存在か)