《東京語る。》無意識に染み込む「東京」と異国の音楽 音楽家・細野晴臣さん

東京を語る。

東京に生まれてなかったら

―もし東京に生まれていなかったらどういう風な人生を歩んでいたと思いますか。

どうなんでしょう。生まれつき音楽好きな遺伝子があるのかどうか知らないけど、もしそうだとしたら、どこか東北の港町で生まれていたら民謡やっているかもしれないですね。だからちょっとわからないですね。たまたま生まれたところが東京で、家にSP盤がいっぱいあって、そういうことの影響が自分にとっては強かったわけで、もしそれらがなかったらあるいはFENがなかったら……。そしたら多分本当のリスナーになっていたかもしれない。

―幼少期に住んだ場所が影響していることはありますか。

場所もそうですが時代の影響も強いでしょうね。もし今ここでこの時代に生まれたとしたら、音楽的な面では人とそんなに大差ないと思うんです。濃厚な影響を受けるチャンスがないんですよ。まあ親とか祖父母がそういう環境を作ってくれていたら聴くでしょうけど、親がアニメファンだったりするとその影響を受けていると思うし、どうなるかわからないですね。今の時代はFENを聴いても、どこで聴いても同じような音楽がかかっている。自分が育った戦後の40年代後半から50年代というのは特別な時代だったと思うんです。日本だけじゃなくて世界的に文化の何かが開いた時代。戦争になったせいかもしれないけど、その反動で本当に幸福を求める時代になった。それが音楽や映画に出てたんです。

―逆に音楽の面以外で東京の影響を受けたことはありますか。

分からないな……染み込んでるんでしょうかね。意識はしてなかったんですけど、最近逆に自分のなじんできた東京がなくなっているということで、東京を意識しますね。自分の知っている東京ではないと思うようになってきた。なんかこう古い料理屋がなくなっちゃったりとか、喫茶店がなくなっちゃったりとか……チェーン店ばっかり増えてるとかね。ずっと通ってた店にある日、張り紙があって「閉店しました」と書いてあったりするとすごくショックなんです。そういうことが頻繁に起こっているんですよ。今もう3、4軒そういう目に遭っているんです。それは絶望的ですね。あの店のおいしいチャーハンがもう食べられない。

―当たり前のものが消えていくことで認識できるということですか。

そうですね。エッセンスがなくなっていく。例えばハンバーグなんて今でもあるけど、何か昔と違うのはいろんなことが変化しているから。例えば食材ですよね。牛肉とか豚肉が大量生産で昔の肉と違うわけです。そこからすでに違う味になっている。味付けでは解決できないことがあるわけですね。いくら味付けで頑張っても何かが違う。その何かっていうのが、なかなか説明ができなくて再現もできない。だから、なくなったと僕は思って諦めてるんです。実は音楽もそうなんですね。40年代に流行ったブギウギとかアメリカ音楽ですけど、今の時代に再現ができないエッセンスがあるんです。それを今、一生懸命やっているんですけどなかなか完璧にはできないわけです。そういうことをやっている人がいるのかというと、あんまりいないのでやり続けようかなと思っています。

細野晴臣(ほその・はるおみ)

1947年東京生まれ。音楽家。1969年「エイプリル・フール」でデビュー。1970年「はっぴいえんど」結成。73年ソロ活動を開始、同時に「ティン・パン・アレー」としても活動。78年「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」を結成、歌謡界での楽曲提供を手掛けプロデューサー、レーベル主宰者としても活動。YMO散開後は、ワールドミュージック、アンビエント、エレクトロニカを探求、作曲・プロデュース・映画音楽など多岐にわたり活動。
http://hosonoharuomi.jp

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