企画

《記者が見つめた慶應》湘南藤沢キャンパス開校 学生が一から創り上げる

湘南藤沢キャンパスが開校した(1990年4月・233号)。建設工事が始まったのは開校の前年だったことから、記事中には「突貫工事」と表現されている。

―SFCの他の大学との違いはどこですか

一番大きな違いは、パソコンの使用に関してだと思います。創立前から、SFCはインターネット教育を重視すると公言していたため、パソコンを利用しやすい恵まれた環境がありました。多くのパソコンがキャンパス内に設置されており、当時からメールでのレポート提出も行っていました。また、ブラインドタッチを学ぶ授業もあり、社会人になった今でもとても役立っています。

―日本初のAO入試が導入されたことについて

確かに前例はなかったですが、AO入試の対象となる基準が明確だったため、特に戸惑うことはありませんでした。当時から、勉強面以外にも秀でた学生を入学させたいという大学側の考えがあったのだと思います。

―SFCが創立された当時の大学の様子は

入試や入学式以外は、基本他のキャンパスとの交流はありませんでした。私のように他キャンパスへ行き、サークルに参加していた人は少数派だったと思います。サークルや学園祭もないため、学生がそれぞれ集まって、自由に作っていました。現在まで続いている七夕祭も、当時できたものです。あらゆるルールを、学生が一から作っていました。

また、学校の設備で言うと、一年目はメディアセンターがありませんでしたね。

―キャンパスの周りの環境は

とにかく敷地が広かったです。大学生が生活するのに十分な環境だったと思います。都心から遠いことも、当時はあまり気になりませんでした。

―SFC一期生ということで、周りから注目されましたか

そもそも私がSFCの創立を知ったのは、高校3年生になってから。開設前より、制度が整ってきた2年目からの方が、受験生からの人気や社会の注目度が高まっていました。

でも就活をする際に、SFC生だと言うと、必ずといっていいほど興味を持たれましたね。その度に大学生活について話していました。

(94総・卒 聞き手=原田実希)

>>次記事:第三の革命「インターネット」 就職氷河期に突入

この特集の記事:

《特集》塾生新聞創刊50周年記念 記者が見つめた慶應 特設ページ

【記者の証言】

《記者が見つめた慶應》学生運動に揺れた60年代末 キャンパスがバリケードで閉鎖

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《記者が見つめた慶應》バブル景気と慶應 広研、スキー、キャリアウーマン

《記者が見つめた慶應》湘南藤沢キャンパス開校 学生が一から創り上げる(当記事)

《記者が見つめた慶應》第三の革命「インターネット」 就職氷河期に突入

《記者が見つめた慶應》東日本大震災 塾生新聞は何を伝えたか

【特別企画】

《記者が見つめた慶應》池上彰さんが語る メディア50年史

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