喊声 2016年7月号

これまでの人生、「仲間」と呼べるかけがえのない存在がある。一つの目標に向かって苦楽を共にし、時には感情をむき出し、本音をぶつけ合ってきた「友」だ。思いを分かち合い、本音で語り合える悦びは、私が前を向いて生きる原動力となってきた

大学3年目ともなると、学生生活は終盤戦。目先には次なる社会が控えている。先の人生、自分が属す共同体で出会う人と「仲間」になれるのだろうか。将来を案じずにはいられない

世は高度な分業化社会。共同体に属する個々人の役割が明確化し、各々が目の前の業務をこなす。ここでは必然的に、共同体全体で同じ経験を通じて思いを分かち合う機会が欠乏する。異なる役割を担った者同士は立場と立場で物を語る。そこは合理性が感情の共有を置き去りにした、いわば建前社会だ。このような社会で生きるならば、そこに「仲間」の姿は描けない

いっそのこと立場なんて脱ぎ捨てて、「人」対「人」で繋がろう。もっと相手を知って、歩み寄って思いを共有しよう。親近感が同胞意識を生み、さらには本音の関係を生む。生きる社会が変わろうとも、相手と正面心で繋がる姿勢が、真の「仲間」を生むに違いない。
(佐久間玲奈)