《喊声》2022年1月

一学生として新聞記事を書く意義とはなんだろう?私は、自分の言葉で何かを伝えられることこそ、記事執筆の醍醐味であると思う。

忘れられない取材がある。昨年3月に行った映画監督・飯島敏宏さんへの取材だ。物心ついたときから、監督された『ウルトラマン』が大好きだった私にとって、飯島さんは憧れの存在だった。取材時、飯島さんは平和への想いを何度も口にした。「僕たちが戦争を知る最後の世代です。伝え続けなければいけない」。取材後にやり取りした70通以上のメールにも、飯島さんの力強い言葉が並んでいた。「若い世代の力が必要です」。「将来を大いに期待しています」。飯島さんは私たち若者の姿に未来を見ていた。

昨年の夏-。そんな飯島さんが本を出版した。タイトルは、「あの日、ぼくたちは」。書店で購入した旨を伝えると、「感想を心待ちにしています」と喜んでくれた。幼少期、自らが体験した戦争の悲惨さ、平和への強い願いを訴えかける内容だった。戦争への警鐘をならしつつも、若い世代の力によって「日はまた昇るのです」と後書きには書かれていた。私は大きく心を動かされた。私自身も平和への想いを、自分の言葉で誰かに伝えたいと思った。そして、《平和を語れば》というタイトルの連載企画をはじめた。

だが、初回の掲載紙面が刷り上がったとき、誰よりも記事を読んで欲しかった大切な人は、もうこの世には居なかった。2021年10月17日-。飯島さんは天国へ旅立った。

今年、あの悲惨な戦争から77年の時が経つ。戦争の記憶と平和への願いが消えないように、私たちは自分の言葉で伝え続けなければならない。私は確信している。平和を語れば、日はまた昇るのだと。

石野光俊