
再々選挙でようやく成立 議会選挙も3名が当選
慶應義塾大学の学部生による自治組織「全塾協議会」の中枢を担う塾生代表選挙および塾生議会選挙が、5月20日から26日にかけて実施された。今回の選挙では、これまで2度不成立に終わっていた塾生代表選挙が三度目の挑戦でようやく成立し、経済学部3年の岩切太志氏が正式に第9代塾生代表に就任することが決まった。全塾協議会の新しい執行部が発足する。
塾生代表は、全塾協議会の最高責任者として、学部生から年間一人あたり750円、総額約2,300万円の自治会費を預かり、三田祭実行委員会、慶早戦支援委員会、国際関係会などの所属団体に資金を配分することで、塾生全体の福利厚生や学生生活の質の向上を図る役割を担う。こうした財源の使途を司る塾生代表の選出は、学生自治の正統性を支える制度的な根幹であり、今回の選挙成立は極めて大きな意味を持つ。
あわせて行われた塾生議会選挙では、白坂リサ氏(1,547票)、大玉直氏(523票)、坂本健斗氏(382票)の3名が当選。議会選挙には3,594票が投じられ、投票率は12.46%に達し、規則上の成立要件を満たした。
岩切氏が得票率42.8%で当選 塾生代表選、過去13回で3番目に高い投票率
塾生代表選挙では、正規学部生28,839人に対して3,629票が投じられ、投票率は12.58%。「有効投票総数が正規学部生数の10%以上」という成立要件を満たし、選挙は有効と認定された。この投票率は、2017年度の制度導入以降に実施された全13回の塾生代表選挙の中で3番目に高い水準となった。
6名が立候補した中で、岩切太志氏が1,525票を獲得し、有効票比で42.8%を占めて首位に立った。次点は外岡史行氏(756票/21.2%)、加藤大己氏(535票/15.0%)、宇田川望氏(243票/6.8%)、黒票氏(117票/3.3%)、白票氏(106票/3.0%)が続いた。これら候補者への投票総数は3,282票で、有効票全体の約92.0%を占めた。一方で、記名欄が空白だった白票(347票/9.6%)や無効票(63票/1.7%)も見られ、全体の約11.3%が候補者を選ばない形で投票された。
岩切氏は、過去3回の塾生代表選挙でも最多得票を得ていたものの、いずれも投票率が10%未満で選挙は不成立。4度目の再選挙でようやく就任に至った。これにより、2024年6月から続投していた内田光紀氏(理工3年)は職務を引き継ぐ。
割引特典と投票システム刷新で投票率向上も持続性に課題
今回の塾生代表選挙では、初めて慶應義塾生協の店舗で利用できる200円割引特典が導入された。投票済証を提示することで、三田・日吉・湘南藤沢を含む全キャンパスの生協店舗で一度限り割引を受けられる制度で、証明書は各キャンパスの案内所で発行された。当初は日吉キャンパスの食堂限定の予定だったが、生協の協力もあり全店舗対象へと拡大された。
この施策は、2025年度全塾協議会の第二次補正予算で、選挙管理局引当金が従来の45万円から195万円へと大幅に増額されたことにより実現したものである。なお、今回の選挙で投票した塾生全員がクーポンを利用した場合の支出は、約72万5,800円に上ると試算されている。また、割引施策と並行して投票システムの大幅な改良も行われた。従来は個別に割り当てられたK.Support上の専用フォームへのリンクを使用していたため、URLの共有が難しく、投票手続きが煩雑だったが、今回の改良でアクセス経路を見直し、より開きやすく共有しやすい設計となった。約2か月で構築されたこの新システムは、投票行動のハードルを下げる効果を一定程度果たしたとみられる。
こうした複合的な施策の成果により、前回2025年1月の投票率7.21%から約5ポイント上昇し、12.58%を記録した。しかし、この制度がどの程度投票行動に実質的な影響を及ぼしたのかは今後の検証課題である。次回の選挙においても同様の予算措置が講じられるか否かは現時点で不透明であり、仮にインセンティブが撤廃された場合、再び選挙が不成立となるリスクも否定できない。学生自治の正統性回復がようやく実現した今、問われるのは制度の継続可能性と、根本的な投票率向上に向けた構造改革である。
岩切氏、「新しい学祭」構想など三本柱で学生生活改革へ
岩切太志氏は、選挙戦で次の3つの政策を掲げ、学生生活の質向上を目指す。
・日吉学祭の新規開催を起点に、各キャンパスの学祭を活性化させる「新しい学祭」構想
・サークル支援や国際交流、慶早戦広報の強化を通じた課外活動の充実
・履修抽選制度の見直しや図書館の開館延長、食堂の混雑緩和など学習・生活環境の改善
日吉学祭については、3月に設立した「日吉新規学祭実行委員会」(約40名)が10月に非公式開催を予定しており、将来的な公式開催の土台とする考えだ。
その他の公約も、プロジェクトごとに班を編成し、図書館の開館延長を目指す班など具体的な活動計画を進めている。岩切氏は塾生議員時代に150を超えるサークルにヒアリングを行い、「共通の課題から順次取り組む」と述べた。
当選の喜びについて岩切氏は、「3年間の仮面浪人時代から塾生代表を目指してきました。今回が4度目の出馬でようやく選挙が成立し、非常に感慨深いです。同時に、皆様の期待に応える責任を強く感じています」と語った。
(徳永皓一郎)
今回の選挙で導入された「投票済証による割引」は、確かに投票率の向上に一定の成果を示したものの、選挙の本質に反するものではないか。学生の関心を引きつける努力は評価されるべきだが、「投票=得する行為」と捉えられるようになると、本来の「意思表明としての投票」が形骸化する懸念がある。
実際のところ、低投票率という現象自体が、学生による「学生自治への消極的な不支持」の表れではないか。もしそうであれば、全塾協議会が現実を直視せずインセンティブで数字を上げることは、学生の本音を覆い隠すことになりかねない。利益供与的手法に頼ることなく、学生が自発的な学生自治の意義を感じ、意思を示す風土をどう育むか、あるいは、学生自治をどのように「店じまい」していくかこそが、これからの学生自治に問われる本質的な課題ではないか。
本結果は決して安易に喜ぶべきではないと断言できる。塾生代表選挙が、3度目の挑戦でようやく成立したという事実は、塾生自治の最低限の機能が辛うじて再起動したにすぎない。むしろ今回の過程で浮き彫りになったのは、直近の全塾協議会が、塾生の自治参加を喚起する地道な取り組みよりも、短期的な動員策に安易に依存する体質に陥っている現実である。生協クーポンという金銭的インセンティブは投票率を押し上げた一方で、「参加の質」を大きく損ない、選挙そのものの正統性を空洞化させた疑いが濃厚だ。出口調査における「割引目当てで候補者を選ばなかった」という証言、さらにフォーム最上段候補への票集中が物語るように、投票行為は意思表示から単なる通過儀礼へと矮小化されていた。
第一に、割引制度が投票行動を強く刺激し、結果として民意を歪めた可能性は否定できない。実際、塾生代表・塾生議員とも最多得票はフォーム最上段の候補であった。割引だけを目的とする投票者がスクロールせずに送信すれば、票は自動的に当該候補へ流れる。設計自体がバイアスを内包していたと言わざるを得ない。
第二に、岩切新塾生代表の前回選挙からの票増895票のうち相当部分が上記のメカニズムで生じたと考えられる一方、同氏は選挙運動停止処分を受け、その告知は期間中に6万回以上閲覧されている。ネガティブ情報が広く共有された状況で票が急増した現象は、投票行動の質的側面に深刻な疑念を投げかける。
~~全塾協議会選挙管理局の当該報告原文~~
【立候補者に関するご報告】
全塾協議会選挙管理局よりお知らせです。
塾生代表再選挙において、立候補者・岩切太志氏が、選挙投票規則違反を行った事実が確認されました。
すでに1度警告を行っていたことから、2025年5月24日16時30分をもって、同氏に対して選挙運動の禁止処分を決定・通達いたしました。
全塾協議会選挙管理局では、今後ともすべての候補者に対して公平かつ厳正な選挙運営を行ってまいります。
#全塾協議会 #塾生代表選挙
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第三に、割引施策の継続可能性が問題だ。報道は全額自治会費負担の印象を与えたが、関係者によれば実際は生協と折半であり、執行額は20万円前後に過ぎない。同程度の投票率であれば年間6~8回の選挙を賄える計算となり、割引は「安価で手軽な延命策」と化す恐れが大きい。とある関係者は「山田さん以降、自力で塾生の民意を集められるリーダーシップがある塾生代表候補は出ていない。内田さんも、山田さんの応援演説で勝ったようなもの」と語る。また別の関係者は、『「全塾協議会が適正に評価されるまでの暫定的な処置」と大学には説明したが一度この楽さを知るとなかなかやめる決断はできないのではないだろうか」と指摘する。これらの「山田氏以降、強い求心力を持つ候補が不在で、割引という“麻薬“を断ち切れなくなる」との声は誇張ではあるまい。
総じて、本選挙は学生自治の再建という点で一歩を踏み出したが、同時に〈本質的な強いリーダーシップ〉から〈低コストの動員策依存〉へと舵を切る転機ともなり得る。インセンティブはあくまで過渡的措置にとどめ、次回以降は現職実績の可視化や公開討論の充実といった本質的な参与促進策へ移行しなければ、今回の成立は単なる延命措置にすぎず、塾生自治の民主的正統性は再び形骸化しかねない。
塾生や塾内メディアにおいても、「選挙が成立した」と安易に持て囃すのではなく、大局的かつ本質的な視点を持って、一連の結果に向き合うべきではないだろうか。
コメンテーター M