3月21日、慶應義塾は33年ぶりに新しい学費体系を創設し、2009年度大学学部新入生から適用させることを発表した。入学金の減額や、「在籍基本料」の新設、学生の留学・休学時の授業料等免除制度の整備など、革新的な学費体系となるようだ。今回は学費改定に至った大学側の意図や背景について、慶應義塾の評議員を勤めている西富亮介さんに聞いてみた。
(石川智成)

―なぜこの時期に学費改定に踏み切ったのか?
 新学費体系見直しの目的は「値上げ」というより「適正化」と見たほうが自然だと思う。慶應の学費は、その内容に比べるとこれまで安過ぎたと言える。特に施設設備費は30年も前の設備が計算根拠になっているため、パソコンやネットワーク設備が充実した現在の環境をそれで実現・維持するのには無理がある。関係者によると、3年ほど前から検討を重ね、今回の学費改定に至ったということだ。

―入学金はなぜこの値段に?最終的には廃止へ?
 34万円から20万円に減らすことには恐らく明確な根拠はないだろう。むしろ本来であればゼロに挑戦しても良かったとも言える。しかし、慶應は私立大学の代表的存在(現塾長は私大連の会長)でもあるため、私立大学全体への影響の大きさも考慮し、いきなり廃止とまでは踏み込めなかったのではないだろうか。そこで、ある程度社会的にインパクトのある額として現在の額(20万円)の設定になったのだろう。最終的には廃止を目指すのであろうが、今回の入学金額の変更による他の私立大学の反応を見ながら、今後調整していくと思う。

―在籍基本料(6万円)については?
 これは日本の大学の中でも画期的な制度といえる。大きく二つの意義がある。一つは、「大学への在籍」と「授業の履修」を分けたこと。「学事等の基本業務」と「教育」を概念的に分けることで、これまで曖昧になっていたそれぞれの役割が明確になる。もう一つは、留学や休学の制度が大幅に利用し易くなったこと。これまでは留学や休学により慶應に通っていない学生も、ほぼ規定通りの「授業料」を払う必要があった。それが今後、「在籍基本料(6万)」と「施設設備費(28万)」を支払うだけで済むようになる。

―慶應の学費はこれからどうなるか?
 今回の改定は、30年以上前の前提から脱却するという「制度整備」としての効果は期待できるだろう。ただ今回の額が正しいか、これで本当に「世界の慶應義塾」として国際的な競争の中で伍していけるかは疑問が残る。個人的には、本当に国際的な競争を意識するのであれば、教員や教育内容の質をより高めていくために授業料については、もっと検討が必要ではないだろうか。
 慶應義塾は、他の私大とは異なり、幼稚舎から大学までを擁する学塾。在籍中は「塾生」、卒業しても「塾員」と呼ばれるなど、他に類を見ない「教育共同体」の側面を持っている。慶應の価値はただ「大学生」として4年間在籍することではなく、「塾生」としての人生のスタンスを学ぶことにあると思う。そうした私立としての存在を今後も維持していくためにも、その教育に見合った対価をもらいながらも、一方で政策的に配分・援助できるようにしていければならないと思っている。
 
 

西富亮介 1999年慶應義塾大学法学部政治学科卒業、メディア・コミュニケーション研究所(旧新聞研究所)修了。07年東京大学大学院教育学研究科修士課程(大学経営・政策コース)修了。修士(教育学)。現在トーマツコンサルティング(株)マネジャー。06年11月から本塾評議員に異例の31歳で就任。