上智×慶應 ウクライナ平和シンポジウム 第1部 4つの視点からウクライナ問題をどう見るか

(提供=慶應義塾広報室)

4月29日(金)、上智大学にて「ウクライナ平和シンポジウム」が開催された。上智大学と慶應義塾大学の共催で、客席には学年問わず両校の学生が集った。

シンポジウムは上智大学の曄道(てるみち)学長の挨拶から始まった。「人間社会が正しい方向に進展しているのかはいつの時代も懸念がある。経済や科学の進歩が、社会の発展であると 信じていても、実際はそうではないと気づかされるということの繰り返しだ」と話した。

その上で、今日では普遍的な価値への理解が求められると強調した。人間の尊厳は侵されない、平和を維持しなければならない、というような普遍的な価値への理解があるからこそ、我々は多様性のもとに発展してきたのだ。しかし、平和も一生懸命作り出さなければならない副次的な価値になっているのではないだろうか。ロシアの侵攻に断固として反対し、平和な日常がウクライナに戻るように願いながら、4つの視点からウクライナ問題を見ることで平和について再考するというシンポジウムの目的を語った。

第1部では、4人の登壇者がそれぞれの専門分野からウクライナ問題について解説した。さらに、国連難民高等弁務官事務所(以下、UNHCR)駐日首席副代表からのスペシャルトークもあった。

国際法研究者の視点 上智大法学部 兼原敦子教授

1人目は上智大法学部の兼原敦子教授が、国際法の視点からウクライナ問題を紐解いた。国際社会には立法機関がないため、国際法は主権国家が結ぶ条約、慣習国際法によって存在している。ロシアの行為を国際法違反として法的に評価することは可能だが、法的な側面のみでしか評価できないところが対応の限界だという。

兼原教授は国際法違反だと評価を与えることと、道徳的・倫理的・人道的・政治的な価値判断とは区別されなければならないと話した。ロシアの行動を国際法違反で非難したり、国際刑事裁判所で裁いたりするのにはさまざまな要件が必要となる。たとえば、ロシアが法的な意味でジェノサイドを行ったかは注意深く検討せねばならない。人道的にはジェノサイドという言葉を使わないのは腑に落ちないかもしれないが、こうした態度が法の安定性、法への信頼を守るのだと強調した。

安全保障理事会(以下、安保理)はロシアが拒否権を行使したことによって、制裁を行うことができなかった。一方、各主権国家は経済制裁をはじめとする、不利益措置を取ることができる。たとえば、日本はロシアからの資源の輸入は制限する一方で、サケマスの漁業権の交渉は続けている。しかし、他国に対して不利益措置を取るということは、自国に対しても不利益が生じる可能性がある。国家は国際社会の共通利益を守るために行動すると同時に、自国民と自国益を守らなければならないという前代未聞の状況に置かれているのだと説明した。

日本は何を優先するのか。私たちは国家から合理的な理由を説明されてはいない。だからこそ、私たち自身が何を優先するのか考える必要があると締めくくった。

旧ソ連地域研究者の視点 慶大総合政策学部 廣瀬陽子教授

2人目は慶大総合政策学部の廣瀬陽子教授が、旧ソ連地域の研究者としてウクライナ侵攻の現状を解説した。研究者の誰もが予想できないほど不合理に始まったウクライナ侵攻。ロシアが行っているというよりも、プーチンが行っている戦争なのだという。プーチンの思い描くアイデンティティや野望が、世界を揺るがす事態になってしまっているのだ。

ロシアは勢力圏抗争に当たって、旧ソ連圏をNATOやEUに加入させたくない。特にウクライナは歴史や民俗の共通性から重要な国となっている。ルースキー・ミール(ロシア語で「ロシアの世界」)を体現するため、ウクライナを取り込み、勢力圏を維持したかったのだ。結果としては、NATOの北方拡大やこれまで親密だった国との関係悪化など、むしろ勢力圏を崩すこととなった。

(提供=慶應義塾広報室)

ウクライナが善戦し、戦争が長期化しているが、ロシアが勝利することは決してないと語った廣瀬教授。世界が一丸となってウクライナを支援し、武力による世界の体制の変更を許さない。世界がウクライナのために協調姿勢を取ることで、新しい秩序のあり方が模索される。仮にロシアが軍事的に勝利したとしても政治的に勝つことはなく、衰退の一途をたどると結論づけた。

安全保障研究者の視点 慶大総合政策学部 鶴岡路人准教授

3人目は慶大総合政策学部の鶴岡路人准教授が、安全保障研究の知見から停戦について語った。そもそも、戦況が優位になると停戦交渉でも優位になる。そのため、停戦交渉を有利に行うために、戦闘行為を続けなければならない。しかし、停戦が100%良いものなのだろうか。一時的には今の勢力バランス、つまりはウクライナの一部をロシアが占領している状態で戦闘を止めることができる。そこでロシア軍が撤退を約束したとしても、撤退が完了するまでは軍が占領していることとなる。戦闘が終われば平和なのか、占領されている地域がある限りは平和ではないのか、と問いかけた。

これにはブチャでの惨状が転換点になったという。ロシア軍に支配されている地域がある限り、虐殺が繰り返されるという可能性を生んでしまった。抵抗をやめ、停戦することが無意味だとしたら、停戦がすべての上に立つ目的にはならない。それゆえ、4/25以降、停戦交渉の重要度も注目度も下がってしまっているのだ。

その一方で、ウクライナはどのラインまでロシア軍を追い出すのか考えなければならないと話す。侵攻が始まった2/24まで時計を戻すだけでは平和にはならない。侵攻前からロシアに占領されていた地域のことや、停戦翌日に再度攻められないための策を考えなければならないのだ。また、国際社会もロシアとの関係を考え始めるべきであるという。戦争犯罪人としてのプーチンと何事もなかったように接するのか、ただロシアを国際社会から排除するのか。平和維持のために同じ国際社会の住人として、答えのない問いを模索する時期になっていると話を終えた。

和平調停・平和構築研究者の視点 上智大グローバル教育センター 東大作教授

4人目は上智大グローバル教育センターの東大作教授が、和平調停・平和構築の観点から、今後の方針を提示した。これまで東教授自身が経験した和平プロセスをもとに、アメリカのジャーナリスト・コラムニストである、トーマス・フリードマン氏が示した3つのシナリオに、東教授が2つの方針を加えた。

フリードマン氏のシナリオは、①世界大戦に拡大②汚い妥協③プーチン体制の崩壊である。は東部のドンバスをロシアが支配し、ウクライナの中立化と停戦を行うというものだが、戦争の長期化に伴い困難になった。それに加えて、東教授は④西側諸国と中露で次第に経済が分離⑤世界全体でロシア軍の撤退を働きかける(この時点で制裁もかなり解除)というシナリオも考える。③を見据えつつ、難しければ⑤、それも厳しければ④や②の方針で①の世界大戦を防がなければならないという。

東教授はロシアにとってシリア内戦の際にアサド政権を支持したことが、ある種成功体験になっているとも語った。しかし、これまでの軍事侵攻や内戦などの際に、経済制裁が効果を上げたことはほとんどないという。経済制裁による体制転換のケースはほぼなく、政策が変更された事例も限定的である。経済制裁で効果を出すためには、「何をしたら制裁を解除するのか」を明確にしなければならないのだ。

世界大戦に拡大させずに、ウクライナの人々が納得する形で戦争を終結させるためにはどうするべきなのか。いまだ世界の55%は非民主主義国家である。東教授は「民主主義 対 専制主義」ではなく、「最低限のルールを守る国 対 守らない国」という図式に持っていくことが賢明だとまとめた。

私たちには何ができる?

ここで4人の登壇者に、司会の慶大土屋常任理事から質問が投げかけられた。「私たちは何をしたら良いのでしょうか」

兼原教授は重ねて「日本が何をできるかということは、私たちが何を我慢できるのか」だと話した。主権国家の利益を損なう形で成立する国際秩序も平和もないし 、国としての判断がなければ「国際」という言葉も成立しない。主権国家の利益を私たちが判断すること、それはつまり私たちが何を我慢できるかなのだ。

廣瀬教授は広範な目を持って情報を得 て、自ら考えて判断してほしいという。物事を断片的に見るのではなく、どのような背景で行われてきたことなのかを見る必要がある。たとえ戦争が合理的に見えなくても、プーチンやプロパガンダに侵されたロシア国民にとっては正義である。ロシア軍の撤退後に、ロシア国民が欧米に負けたのだと第2のプーチンを選出することもありうる。ロシア国民もプロパガンダの被害者であり、ヘイト行為は許されないと強調した。世の中には間違った情報も広まっているため、いかに正しい情報に接することができるのかが肝心だ。

鶴岡准教授はロシアとウクライナの問題について興味を持ち続けてほしいと語った。これは2014年から続いていて、計1万4000人が亡くなっていたにもかかわらず、注目されていなかったのだ。また、なぜウクライナの人々が徹底抗戦するのか気持ちを考えてみてほしいとも話す。日本で同じことが起こったときに、命を懸けてでも守りたいものは何か、これを機に考えてほしい。

東教授は日本人初の国連難民高等弁務官である緒方貞子さんの話を引用した。緒方さんは同じ質問をされた際に、「とにかく勉強してください」と答えたという。ある問題に関与するには、それについて詳しく知らなければならない。勉強は歳をとっても続いていくため、学生時代は専門的な知識や経験を身につけるための基礎を培う期間となる。そのうえで何かしたいという衝動が芽生えているのなら、赴くままに行動してほしいと訴えた。NPOのインターンなどで自身の時間を使って、若い間に経験することが大事だという。

難民支援の現状について UNHCR駐日首席副代表 ナッケン鯉都さん

第1部最後の登壇者はUNHCR駐日首席副代表のナッケン鯉都さん。UNHCRは国連総会の決議によってつくられた機関で、70年以上活動を続けている。難民や庇護希望者などの緊急援助や、彼・彼女たちが尊厳と平和をもって生活を再建できるように恒久的解決も行っている 。

今回、ウクライナでは1100万人以上が自宅を追われるという事態になっている。前代未聞の数で難民が増え続けているため、140以上の機関が支援に関わっている。そこで、UNHCRは必要なところに必要な支援が行き届くよう、コーディネーションしているのだという。また、難民認定は各国政府が行うものであり、UNHCRがやっているわけではないと付け加えた。

UNHCRではニーズに合わせた多様な支援を行っているが、中でも力を入れているのが現金給付ジェンダーに基づくリスクの回避だ。現金での給付は輸送コストがかからないうえ、難民自身が必要なものを必要な時に自身で購入できる。日常生活に近い形の援助であり、尊厳が損なわれにくいところが利点だという。また、現在避難している人の約90%が女性と子どもである。国境付近で身寄りがないと途方に暮れているときに、人身売買の業者に声をかけられるなどのリスクも少なくない。カウンセリングや子どもを遊ばせることのできる施設の設置なども進めていると話した。

「これを機にほかの難民問題にも目を向けてください」と熱く訴えるナッケンさん。人々に忘れられてしまった問題も多く存在している。緒方貞子さんは、「人生で一番大切なことは、自分を活かして生きていくことだ。どこかに苦しんでいる人がいることを忘れず、人間としての連帯感を持ってほしい」と語ったという。ナッケンさんは、平和のために自分にできることは何なのか、日々考え、行動に移してほしいと学生に想いを届けた。

上智×慶應 ウクライナ平和シンポジウム 第2部 学長と学生のディスカッション 国連のシステム・大学の役割を再考

(古田明日香)