新生活の始まる春。メンタルに不調をきたす人も少なくないだろう。慶大医学部精神・神経科学教室教授で、日本うつ病学会理事長を務める三村將(まさる)教授に、アクティブな生活を送るための秘訣を聞いた。

まず、2018 年に本紙でも取り上げた五月病について簡単に聞いた。五月病という名前は、俗称であり、新たな会社や学校といった環境と個々人のミスマッチによって生じると推測されるという。 その意味では、適応障害(適応反応症)の一種と言える。症状は、何事にも不安を感じたり、不眠になったりといったうつ状態に近いものである。 しかし教授は、うつ病が生気感情の喪失や意欲低下が長期間続く症状だと指摘した上で、季節性の五月病はあくまでも軽度のうつ病の一種と考えられるという。うつ病には、昇進うつ病やマタニティブルーといったさまざまな種類があるが、それらと同じように分類されるのではないかとのことだ。

では、うつ状態に陥ったらどう対処すべきなのか。まずは、自分自身がどういう状態にあるか、なぜその状態にあるのかを深く考えることが必要だ。その上で、家族、担任の先生、信頼できる友人など相談できる身近な窓口が必要だ。 慶大では、各キャンパスの学生相談室や信濃町地区の学生や教職員向けのストレスマネジメント室が設置されている。メンタルの不調を感じている人は、カウンセラーの方々に無料で気軽に相談できる機会を積極的に利用してほしい。

次に、コロナ禍で生じ得るメンタルへの問題について聞いた。パンデミックにより、私たちは対面で人と会う機会、特に学びの場が大幅に制限された。学びの場は、もちろん先生の講義を対面で聞き、先生や友人にその内容について相談する場であると同時に、友人同士が他愛もない話をできる場でもある。気軽に話せる友人は、うつ状態の対処法として挙げた身近な相談相手である。オンラインでは顔が見えない分、どうしても相手を信用できない状況、互いに探り合う状況が続いてしまう。警察庁の自殺統計 (下図 )が示すように、Covid-19が日本で蔓延する以前の令和1年と比較して、自殺者はやや増え、特に女性の件数が増加した。三村教授の担当病院でも、受診者の中で若い女性の割合が高まっているという。オンラインに慣れずに不調をきたす場合は、すぐに医者にかかるのが良い策かもしれない。

年別自殺者数の推移(人)(警察庁の自殺統計に基づき作成

逆に、オンライン環境が普及したことで良かった点は、どういう部分なのか。歴史的に見ても、パンデミックや地震などの自然災害を通じて人間が進化することは度々あったが、今回のCovid-19についても展望は似ているという。オンラインでの仕組みづくりはすでにかなり進んできた。例えば慶大では、CANVASやK―LMSといったシステムが普及している。三村教授自身もオンライン診療サービスKOKOROBOの普及を狙う。KOKOROBOでは、AIが利用者とのチャットを通じ利用者のメンタルのチェックを行う。結果によっては、実際の診療や治療につながるという仕組みで、オンラインだからこそできることだと言える。三村教授は、対面とオンラインのハイブリッド利用に積極的な立場から、両者をバランスよく取り入れた仕組みづくりの必要性が認知されたことこそ、Covid-19から人類が得た学びだと断言する。

では、 Covid-19に関係なく、アクティブな生活を送るには何が大切なのか。ネガティブな思考をいきなりポジティブに変えるのは非常に難しい。よって、考え方がアンバランスにならないよう日頃から心掛けることが重要だ。そのためには、ウェルビーイング(持続的に幸福な状態)を目指し、レジリエンス(自分の置かれた状況に適応する能力)やポジティブシンキング(前向きな思考)を身につけなければならない。その中で、うつ状態にない方々にも「認知行動療法」を広めることが必要だという。認知行動療法とは、メンタルに歪みや偏りを持つ人々の認知を修正し、行動の改善を促すことで、人々の思考のバランス確保を目指すアプローチである。うつ病を発症しているかに関わらず、すべての方々にこのアプローチを導入すれば、自分らしく生きられる生活の確保につながるという。

最後に、三村教授から皆さんへのメッセージを聞いた。Covid-19のようなパンデミックへの対応、ロシアによるウクライナ侵攻など人類は似た歴史を大昔から繰り返してきた。その中で平和が長く続くことは無かったが、その中で人類は不屈の精神で何度も立ち上がってきた。今を生きる私たちにできることは、これまでの歴史や社会を学び、今の時代を生きるための適応・対応のヒントを得ることである。たとえば、澤田瞳子著『火定』やユヴァル・ノア・ハラリ著『ホモ・デウス』といった書物に触れ、様々な学びの扉を開ける。ソーシャルコネクション(他者とのつながり)を大事にした上で、コロナさえなければと思わず、個々人が自分自身についてしっかりと考えて生きていくことがアクティブな生活への大圏航路だ。

オンライン取材に終始優しく対応して下さった三村教授

(持松進之介)