大学生の本分である学び。その意義を考えたことはあるだろうか。学ぶことの意義をはじめ、大学での学びについて法学部政治学科教授澤井敦先生にお聞きした。

 

澤井教授(写真=提供)

 

大学での学びはこれまでとは異なる。高校までは与えられたものを学ぶ。与えられたものをいかに上手くこなすかで、試験の点数や偏差値が出ていた。一方で、大学からは学ぶものを自分で見つけ出す。その上で自分の考えをいかに盛り込むかが大切となる。しかし、それが出来ていない学生がいることも事実である。たとえば、オンライン授業ではレポートが課せられる機会が増えたが、「自分で考えるというより、どこからか持ってきて、並べるだけのレポートが多かった」という。大学で学ぶことはあくまで素材。それをいかに自分で料理するか。そこまで大学ではやって欲しいと語気を強めた。

では何を意識して学びに取り組めば良いのか。先に大学で学ぶことは素材であるとしたが、それは授業や講義でも例外ではない。全国的にフォーマットが決まった教科書を使う高校の授業とは違って、たとえば同じ社会学でも先生によって全く違った授業になる。それぞれの先生に立場や好み、考え方があり、それにあった本が教科書に選ばれている。あくまでもそういうものだということを踏まえながら、講義を聞くべきであるという。全部その通りに受け止めるのではなく、「これはどういう立場から言われていることなのか」、「他にどういう考え方があるのか」など、想像力を膨らませながら聞くと良いだろう。

また、大学生は学ぶ内容を自分で決める機会が増える。何を学べば良いのか迷うことも多いのではないか。教授曰く、基本的には自分の興味関心に従って決めて良いそうだ。自分が選んだ専攻、政治学や社会学でも中身は色々ある。その中で面白いなと思ったことをさらに広げて行くと、政治学や社会学という枠にとどまらない隣接領域、心理学や経済学、統計学などいろいろなものが出てくる。専門だけにとどまらず、学びを広げていくと、新しい可能性を見つけられるだろう。

ただ、自分の面白いことだけをすれば良いというわけではない。つまらないと思ったことでも少し我慢してやってみることが必要である。「この考え自分とは反対だなと思っても、少しそこに自分を浸してみる。そういう経験もすごく大事。やっぱりつまらなかったなとか、こういう意見もあるのかと気づき、視野が広がって行く。両方が必要。」と澤井教授は語った。

先日、早稲田大学で授業を同時視聴し100人以上の生徒が落単した問題がメディアを賑わせた。また、いかに単位を効率よく取るかに集中してしまい、授業内容を重視しないという話もよく聞く。ここ数年オンライン授業で積極的に行動できなかったのは仕方のないことであり、学校側も不測の事態に対処して十分な授業を展開したとは言えない。しかし、満足のいく環境ではないかもしれないが、学ぶことを放棄してはいけない。それこそ、大学に入った意味がなくなってしまう。学問はすぐわかってすぐ感動というものではない。周りの雰囲気に流されずに、色々な学問に我慢して付き合ってみて欲しい。

(石沢健太)