大学教員が語る「光ファイバー」 理工学部教授 小池康博

今年のノーベル物理学賞の対象になった光ファイバーは、我々の暮らしを大きく変えた。光通信が支える高度情報化社会に次の革新をもたらすと期待されるのが、光を操る特殊なプラスチック(フォトニクスポリマー)である。
この分野の第一人者で世界的に注目を集めているのが、理工学部の小池康博教授だ。
研究対象は、「フォトニクスポリマー」。フォトニクスといのは光、ポリマーというのは物質。光通信の分野で、低損失屈折率分布型プラスチック光ファイバーを世界に先駆けて提案し、それを用いた超高速ネットワークの構築を進めてきた。
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今日のインターネットは、確かに様々な分野で大きく世の中を変化させ非常に便利なものになりました。しかし、シリコンバレーから生まれたインターネットは未だ従来のエレクトロニクスの延長にあり、キーボード文化を抜け出せていない。従来のエレクトロニクスの延長ではない、圧倒的な大画面・高画質、ビットレートを可能にするフォトニクスの実現を目指しています。それは、光通信の速度を2倍、3倍にするということではなく何百倍にするという規模の課題です。
フォトニクスポリマーは、パソコンやテレビのディスプレイ用バックライト、大画面でもムラが生じないフィルムなどに応用可能です。これはフォトニクスに支えられた臨場感溢れるフルハイビジョンの「人に戻るブロードバンド社会」の実現に通じます。このプロジェクトを「Fiber-to-the-Display(光ファイバーをディスプレイまでつなげる)」と言っています。
今でこそ研究の成果を収めていますが、そこにいきつくまでの開発の道のりは険しいものでした。私が、屈折率分布の光ファイバーで博士号を取得したのは82年のことです。
しかし、当時の研究の主流といえば、プラスチックファイバーの不純物をなくし透明にすることでした。屈折率分布というのは、不純物を加えることであり、当時の定説と逆のことを提案した訳ですから、反応は冷ややかでした。実際、開発も思うように進まず、できたものに光をいれてみても6㍍が限界。この壁を破れず、博士号を取得した28歳から8年間も試行錯誤が続いた。その期間の研究で「光とは何か」という根本的な所まで遡ったのです。
90年4月、それまで光が6㍍しか通らなかった原因の本質が明らかになります。その瞬間のことを「昨日のことのように覚えています」。そして、91年現在の低損失高速プラスチック光ファイバーの基本特許を出願。94年、低損失の高速光ファイバーが誕生。実用化の扉が開きました。
この長かった研究期間は、挫折で成果が出なかった訳ではなく、またそれが必ずしも不幸だったという訳でもない。未知の未来に本質を掘り下げていく期間だった。成果が出ないときこそ、成長できたと思います。
ここまでこだわりをもって探求できるのは、研究が好きで自分の研究がもはや一研究の対象ではなく、「子ども」のようなものと考えているからです。研究をしていけばいくほどブラックボックスが出てきます。しかし、それを避けて通る限りイノベーションは生まれません。様々な要素として困難が生まれれば、急がば回れとして物事の本質に立ち返ることを心がけています。本質まで遡ると次のステージに進むエナジーが湧いてくるからです。
研究で大切にしていることは、研究対象に真摯に向き合うこと。ありとあらゆる情報が溢れ、ともすると自分を見失ってしまう今日、多くの人たちは未来を予測しすぎていると思います。未来を単に予測していくのではなく、誠実に一歩一歩創造していくこと。これが研究の根底にある想いです。
聞き手=御園生成一

小池康博
1954年、東京都生まれ。77年、慶應義塾大学工学部応用科学科卒業。82年、同大学院工学研究科博士課程修了。83年、理工学部助手。88年、専任講師。89~90年、米国ベル研究所研究員。92年、慶應義塾大学理工学部助教授。97年、同教授。2003~04年、東北大学客員教授。07年~アイントホーヘン工科大学名誉博士。POFコンソーシアム会長、日本化学会理事などを兼務。繊維学会賞(00年)、藤原賞(01年)、高分子学会賞(03年)、紫綬褒章(06年)、The 2007 MOC Awardなど。