大屋雄裕 法学部教授
―判断基準の非公開 人物の正当性傷つける

今回の塾長選に、法学部の大屋雄裕教授は塾長候補者推薦委員として携わった。大屋教授は塾員ではなく、以前名古屋大学で教鞭をとっていた。

「国立大学のマネジメントを見てきたので、慶應の今回の塾長選挙を横から見ている感覚だった」と話す。

2007年、今回の塾長選と同様の事例が山形大学の学長選で起きていたという。教職員投票を行った結果、1位の候補者は378票、2位が355票、3位が56票。しかし、学長に選出されたのは2位の候補者だった。2位の候補者は文科省前事務次官で、実質的な天下りではないかという疑念から、当時騒動になった。

この混乱が法改正のきっかけとなり、国立大学法人法の改正が進められた。学長選考会議は透明性を確保すること、すなわち選考の基準および過程を明示することを求められるようになった。

銓衡委員会の判断基準が学校法人の構成員および社会に対して公開されなければ疑心暗鬼がはびこり、学長に選出された人物の正当性を傷つけると大屋教授は指摘する。

「まさに今回の塾長選の状況そのもの。法規制こそ及ばないものの、教職員投票を覆したからには、銓衡委員会は政治的決断に対する責任を負う重い立場に置かれる」

塾長選出過程における透明性の問題だけでなく、今回の塾長選における説明責任の所在についても強調した。

福沢研究センター都倉武之准教授
―評議員会・学内が尊重し合った「社中協力」の歴史

慶應義塾では、学生・生徒・児童(塾生)、卒業生(塾員)、教職員など、全ての義塾関係者を「社中」と呼んでいる。学問を身につけた人々の力で社会を変えていこうと志した福澤に共感した人々が、生涯その実現のために協力しあうというのが「社中協力」の原点だ。学問に終わりはないから、卒業しても学校に関わり続け、先輩も後輩もなく尊重しあう、という考え方が、強い同志的結束力を生んだ。

「社中協力」は、結束力という点だけ見れば、むしろ強くなってさえいる、と都倉准教授は語る。しかし、歴史的な由来が共有されないと、それは排他的な単なる「閥」、いやらしいものになるとも指摘する。

卒業生を中心に構成される評議員会が、慶應義塾の最高議決機関となっている背景には、この「社中協力」という理念が息づいている。「評議員会と学内が、相互に健全な緊張感を保ちつつ尊重し合う中で議論が深まった歴史がある」と都倉准教授は語る。

 

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