福澤紙幣発行終了 約40年の活躍に幕

40年間流通した福澤紙幣が姿を消す日も近い。福澤諭吉デザインの一万円札の発行が、今年9月までに終了した。政府は2019年、偽造抵抗力強化等を理由に一万円・五千円・千円の新紙幣の発行を発表していた。長らく一万円札の「顔」であった福澤。福澤研究センターの都倉武之准教授の話とともに振り返る。

福澤諭吉の肖像写真(福澤研究センター所蔵)

福澤紙幣が初めて発行されたのは198411月。それまで紙幣の肖像は政治的な偉人が主だった。しかし政治は歴史的な評価が分かれるとの理由で、84年からは明治以降の文化人が選ばれている。ここで福澤を含む3名が肖像に選ばれた。その後2004年、千円札は〈夏目漱石→野口英世〉、五千円札は〈新渡戸稲造→樋口一葉〉と肖像が入れ替わった。しかし福澤だけは続投となった。

福澤続投財務大臣の愛塾心の影響?

20年おきに変更される紙幣肖像。なぜ福澤だけが続投されたのだろうか。公式発表では、偽造防止技術の導入を急ぐ必要があり、全紙幣の肖像を入れ替えるには時間がかかりすぎること等が理由だった。一方、当時の首相・財務大臣が慶應出身だったためとの噂もある。当時の小泉純一郎内閣は慶應色が強く、また財務相の塩川正十郎も慶應出身。紙幣肖像の様式は財務大臣が決定権を持つ。塩川は非常に愛塾的な人物であり、大阪の三田会や、超党派的な慶應出身政治家の福澤勉強会「永田町三田会」にも出席していた。その愛塾心が福澤続投に影響したと、当時から慶大内でもささやかれたのは事実だという。もちろん公式に発表はなく真相は不明のままだ。

肖像交代に慶大内の反応は

新紙幣について、慶大内の反応はさまざまだ。「国内外で福澤諭吉の知名度が説明しにくくなる」と残念がる声がある一方、肯定的に捉える意見もある。紙幣自体の需要が衰退する昨今。「もうお札の時代ではない」との声も強い。肖像から外れることはある種、古き文化の象徴でなくなることでもある。都倉氏は「等身大の福澤が戻ってくるのではないか」と期待を寄せる。

「福澤が紙幣肖像に選ばれたことが『国が認めた偉人』の印象を強くした。その結果、民の立場で活動した福澤のイメージが薄れてしまったと感じる。今回の改刷で福澤を元の歴史の中におき、議論できる時代に戻るのではないか。そういう意味では歓迎したい」

肖像写真を慶大図書館に寄贈したとの記録が残る木板(福澤研究センター所蔵)

新紙幣肖像の人物にも福澤の影響が

新紙幣の肖像に選ばれた人物にも福澤との繋がりが残る。新千円札の肖像となる北里柴三郎と福澤は深い親交を持っていた。福澤は日本で研究場所を失った北里に私財を投じ、伝染病の研究所を設立した経緯がある。その後も福澤の助言が北里を度々救った。その恩義に報いる形で、慶大の初代医学部長は北里が就任した。

慶大は115日、北里研究所との包括的連携協定を締結した。同協定は福澤と北里の親交の歴史を踏まえ、協力関係の強化等を目指す。新旧紙幣肖像の二人の関係は、現代までつながっているのだ。

紙幣の肖像は交代する。しかし福澤の残した影響は色褪せず続くだろう。つながれたバトンは、現在、そして未来に続く。

(乙幡丈翔)