美樹本晴彦さん インタビュー

1枚の絵にじっくり向き合える仕事を

現在アニメーションは社会現象を巻き起こすなど、その市場規模はますます大きくなっている。しかしアニメを語る上で欠かせないのは、『超時空要塞マクロス』をはじめとする名作であろう。これらのアニメ史に残る作品のキャラクターを数多く手掛けてきたのが、美樹本晴彦さんだ。美樹本さんは慶大在学時にイラストを描き続け、他にも『メカゾーン23』、『トップをねらえ!』といった作品に携わるなど、トップクリエイターとして活躍してきた。その半生を取材した。

美樹本さんは幼少期から絵を描くことが好きで、よく落書きを描いていたという。しかしプロになりたいという夢は持っていなかった。その後慶應高校に進学したものの、勉学にあまり興味を見出せず、アニメスタジオや漫画家の自宅に足を運ぶ日々を過ごした。しかし現在ほどアニメが世間的に認められている時代ではなく、学生時代には肩身の狭い思いもしたそうだ。そんな中、学校で出会ったのが、アニメという共通の趣味を持った友人グループであった。彼らは美樹本少年に大きな影響を与えていく。中にはプロ入りした友人もいて、アニメスタジオの手伝いに参加するきっかけとなった。そこではアニメのオリジナル企画の立案などを行い、結果的にその企画が、『超時空要塞マクロス』のキャラクターデザインの仕事へとつながっていったという。絵が上手く馬力があり“才”を持つ友人に劣等感を抱くこともあったと美樹本さんは語る。「彼には勝てないと思った。だから彼が進んだ漫画の道にはいかなかった」。1枚の絵を時間をかけて描き込むことが好きだと感じた美樹本さん。そうしてアニメ制作の特徴とも言える、連続して同じ絵を描く作業や、絵を動かすための技術よりも、キャラクターデザインの道へと魅入られていった。

描き“たい”と描く“べき”の両立

美樹本晴彦作品として名高いのは、“憂いのある少女”である。美樹本さんは自身の作品において、実際の女優などからインスピレーションを得ることが多いそうだ。「生身の人は環境や気分の変化が如実に表情に表れる。絵でそうした機微を表現するのは難しいが、雰囲気の違いは絵でも出したい」と話す。キャラクターを生み出す上で心がけていることは、一目で自分の絵と分かってもらえるようなオリジナリティーのある絵柄だという。それでいて鑑賞者に受け入れてもらえる範囲でなければならずバランスが難しいのだそうだ。

観るごとに表情を変える「生きた」少女

アニメならではの技術

アニメのキャラクター制作は普段のイラストの仕事とは過程が異なるとのことで、絵をある程度記号化するテクニックが必要となる。自分の作風への影響を考え、普段はアニメや漫画をあまり観ることはないそうだが、そうしたテクニックを忘れないため、アニメ雑誌やゲームのキャラクターデザイン本を参照することもあるという。今までで一番影響を受けた人物は『機動戦士ガンダム』を手掛けた安彦良和さんだそうだ。

職人とのタッグ

美樹本さんは長年、版画などの伝統的なアプローチでも作品を生み出してきた。工房の職人やデザイナーとアイデアを共有し、議論を交わしながら一つのものを作り上げる作業は非常に挑戦的で楽しいと語る。「職人の方々はこちらのアイデアを面白がってくれてありがたい。また実現するための機動力を持ち合わせている」。共同で知恵を寄せ合うことで生まれる化学反応は、通常のイラスト制作とは違ったやりがいを与えてくれているようだ。

どこか物憂げで「和」を感じさせる少女

過去(じぶん)との闘い

苦労も多かったと美樹本さんは話す。プロとして活動する前に、アニメスタジオでアルバイトとして1~2年間修業期間があったそうだ。缶詰め状態で泊まり込み、ノートにひたすらあらゆるイラストを描き続けた。毎日のようにダメ出しをされ、落ち込むこともあったが、その経験が現在に活きていると感じるという。しかし悩みは尽きない。「以前よりも作品制作に時間をかけさせてもらえるようになったが、描きたいものが出てこない。無意識に以前と同じ傾向のイラストを描いていることに気づいた時はショックを受ける。ここ数年、自分の限界を感じる」。自分の中の既視感との戦いが現状一番の課題だという。

新たな試み

しかし美樹本さんにはやってみたいことがあるのだそうだ。手書きの質感の表現を探っている最中だという。「CGで塗った色は拡大しても均一に同じ色。でも紙の凹凸に合わせて絵の具で塗ったものはムラができ、さまざまな色が混ざって見える」。細かい点の集まりのテクスチャーを作って重ねることで、絵に与える印象を変える試みを行っている。「どんな絵を描くかよりも、どんな効果を使って既存の絵に手を加えるかを考える方が楽しい」。そう熱く語ってくれた美樹本さんは現在、美樹本晴彦展を絶賛開催中である。ぜひ足を運んでほしい。

 

(佐藤伶香)